| 2006年7月放送分 |
「かわいがられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる。」

ドロシー・ロー・ノルトとレイチャル・ハリスという人の「子どもの育つ魔法の言葉」から。全文をご紹介します。
批判ばかりされた子どもは非難することをおぼえる。
殴られて大きくなった子どもは力に頼ることをおぼえる。
笑いものにされた子どもは物を言わずにいることをおぼえる。
皮肉にさらされた子どもは鈍い良心の持ち主となる。
しかし、激励された子どもは自信をおぼえる。
寛容に出会った子どもは忍耐をおぼえる。
賞賛を受けた子どもは評価することをおぼえる。
フェアプレーを経験した子どもは公正をおぼえる。
友情を知る子どもは親切をおぼえる。
安心を経験した子どもは信頼をおぼえる。
かわいがられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる。
(千葉県成田市 Y・Y)
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| 2006年7月放送分 |
「最後まで黙っていたのは、私(わし)だけや」

大学の仏教の授業中にとても印象的な話があったので紹介します。
ある晩、四人のお坊さんが無言の行という無駄口を言わず精神を集中する修行をしていた時、隙間風でローソクがふっと消えてしまったそうです。
一番若い小僧さんが「あ、火が消えた」。すると二番目の、先輩の青年僧が、「しぃっ、今は無言の行の最中だ」と小僧さんを叱り。三番目の、修行が進んだ壮年僧が、「お前ら。くだらんことに、心を奪われるでない」と諌めた。しまいには四番目の、いかにも周りから見たら、修行を積み重ねて悟っているかに見えるご老僧が、「最後まで黙っていたのは、私だけや」としゃべったそうです。
この話の中には、愛情と自負心と名誉欲があるそうです。あなたはどのお坊さんがどのタイプだと思いますか?
(埼玉県さいたま市 S・H)
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| 2006年6月放送分 |
「自分を大切にできない人が、どうして他人を大切にできますか」

自暴自棄になり、全てが空しく、生きている実感が持てなくなった時期がありました。当時は他人を思いやるような余裕もなく、無意識に心無い言葉で人を、とても大切な人を傷つけていたと思います。そのくせその大事な人を大切にできない自分を責め、そのことでますます落ち込んでいくといった悪循環から抜け出せませんでした。そんな時にかけられた言葉です。「自分を大事にすることが隣の人を大事にする第一歩」、自分のことを好きになりたいと泣きながら思ったあの日を思い出します。
(千葉県流山市 T ・I)
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| 2006年6月放送分 |
「私たちは環境と共に生まれ育ってきたのです」

自分を取り巻く環境に不満を感じることは、日常生活の中で多々ある。多々というより、殆どの時間はこのような不平不満に費やしているといってもよい。そんな時、この言葉に出会った。自分がいつの間にかある状況に出会ってしまったのではなく、実はその環境を作り出すひとつの要素は他ならぬ私自身だということだ。外に原因を求めたがる自分の姿に気づかされたと同時に、私自身が変わることで取り巻く環境も変わっていくのだという明るい気持ちと、私は全てとつながっているという安堵感をも感じさせてくれる言葉でもある。
(東京都八王子市 A・S)
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| 2006年5月放送分 |
「人生は何を集めたかではなく、何を与えたかによって決まる」

最近ご近所の方のお通夜に出席しました。ずっとお一人で暮らしてこられたと聞いていたので、まず参列者の方の多さに驚きました。また、来られている方が口々に故人を偲んでおられました。聞けば長年学校に勤めておられた方とのこと。とはいえ、そういうお仕事をしていた方がみんな、ここまで惜しまれて亡くなるとは思いませんので、やはりその方の人柄に依るところが大きいのでしょう。
私自身はご生前何度かご挨拶をしただけでしたが、この方の歩まれた人生をいろいろと想像し、この言葉を思いながら家路につきました。
(東京都福生市 Y・Y)
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| 2006年5月放送分 |
「今日という日は残りの人生の最初の日
一日一生 時々刻々の人生 今日この一日を楽しまん」

この言葉は、今春、亡き両親の法事でひさかたぶりに帰郷した折、菩提寺の住職さんがなされた法話の一節です。
今日を体験して今日を迎えた人はいません。そうか、おあたえのいのちとはその「一日一日」なのだと改めて感じさせられました。
ふとその時、以前感じ入った、どなたかの次の一句が自然と思い出されました。
「ウグイスや いつきくとても 初音かな」
(神奈川県小田原市 T ・ M)
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| 2006年4月放送分 |
「本当にブランド品が必要なら、生まれた時に手に持ってるはずです」

お笑い番組でタレントが言っていた言葉ですが、かなりドキッとしました。私にもほしいものはたくさんあります。洋服やバッグやアクセサリーもそうですし、みんなに自慢できる彼氏や、かっこいい仕事にもついてみたいです。もう少しスタイルがよかったら、なんて考えることもあります。
だけど、「今もってないものは、あなたが幸せになるのに別に必要ないんだよ」って神様が言ってるのかも、この言葉を聞いてそう思いました。ちょっと負け惜しみかな?
(東京都足立区 R・K)
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| 2006年4月放送分 |
「不安は常に無知から発生する」

生活の中で、なんだかわからない不安を感じることがあります。気にしないように、見ないようにするのですが、どんどんそれは膨らんできて、押しつぶされそうになることもあります。
この言葉はそんな私のあり方を言い当てたひと言だと思います。何かもやもやした不安は、正体がわからないからこそ余計に大きく感じる、だから、常に自分の中の不安と向き合っていこうという前向きな気持ちにしてくれた言葉でした。
(千葉県柏市 Y・N)
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| 2006年3月放送分 |
「本当にしたいこと。」

当時、大学生だった私が、ある先生と話をしていた時にこの言葉を言われました。なかなか思いどおりにならないことばかりで人生難しいなあと先生に話した時のことでした。先生が「日頃、思いどおりにならない事ばかりだが、自分自身本当にしたいことは何だろうね。」と言われました。
それから、私が本当にしたいことは何だろうと素朴に考えるようになりました。素朴だけど、何か自分の思いでは計り知れないような感じがしました。今でも大切な言葉であり、問いであります。
(千葉県八千代市 K・H)
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| 2006年3月放送分 |
「人間は苦労や問題が嫌いなのではない。そこに意味が見つかれば、どんな苦労も受け入れることができる」

人生が思うようにいかなかった二十歳の頃に耳にした言葉です。当時は、苦労や問題を極力避けようとするあまり、極端に消極的な人間になっていました。
確かに苦労や問題は少ないほうがいいです。しかし、私が本当に避けたかったのは苦労でなく。苦労や問題の意味が見つからず、空しく過ぎていく時間だったのかも知れません。いまでは、苦労や問題に対して取り組む意味を考え、生活を一歩々歩進めています。この言葉は人生のターニングポイントとなる一言でした。
(千葉県千葉市 E・S)
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| 2006年2月放送分 |
「ほな、さいなら」

私が、いつものように娘のお迎えに幼稚園にいったある日、年中さんのときいっしょのクラスだった男の子が私の顔をじっと見つめています。
私が「なんやK君おばちゃんの顔忘れてしもたんか。Мちゃんのお母さんやで」と声をかけるとすかさず、「そんなん知ってるわ。ほな、さいなら」と言って元気に駆けていきました。
関西出身のご両親に育てられた東京育ちのK君は、きっと関西弁を話したくて私のところにやってきたのでしょう。海外で日本人にいきなり声をかけられる感覚ってこんなものかなって思いました。
(静岡県清水市 Y・B)
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| 2006年2月放送分 |
「この四人でなければ出せない音がある」

友人四人で組んでいたバンドでベースを弾いていた僕は、バンドの活動が順調になるにつれ、自信がなくなってきました。
「このバンドに僕は必要なんだろうか」「僕よりもっと上手なやつがいるんじゃないか」。考えた末、バンドを辞める決意をメンバーに告げたとき、彼らが言ってくれたのがこの言葉です。
誰にも替えがたい存在として自分を必要としてくれたことが、本当に嬉しく感じました。
(山梨県甲府市 T・S)
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| 2006年1月放送分 |
「もし透明人間になれたら、人間は非道徳的なことしかしないだろう」

学生時代、哲学者プラトンの「透明人間になれる指輪の話」を、ある先生から教えてもらいました。「みんな透明人間になれたら何がしたい?」という先生の質問に、ろくでもないことしか考えつかなかった私。そして、そんな思いをすべてお見通しのようなこの言葉に思わず苦笑いでした。
「なんだかんだ言っても、結局お前はそういう人間なんだよ」。リアルに自分自身を突きつけられた気がする、そんな言葉でした。
(千葉県野田市 N・N)
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| 2006年1月放送分 |
「貧しくとも、君の生涯を愛したまえ」

「隣の芝生は青く見える」とよく言うが、確かにそうだなと思う。どんな環境にいようと決して自分に満足できないのだ。他人を見てはうらやみ、ねたみ、愚痴をこぼす。反対に、あいつよりはましだと優越感を持つ。自分の庭の芝生のよさを素直に感じることができない。最近つくづくそう思う。
この言葉の言う「貧しさ」は、他と比べて自分を見ている、そんな思い。それより自分の生きている今を愛せ。自分の人生を愛し、楽しみ、感謝する。そして、それにはまず自分を愛せ。そんな声がこの言葉から響いてくるように思えて、時に想いを新たにする言葉だ。
(神奈川厚木市 K・O)
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| 2005年12月放送分 |
「この森に入るべからず」

実家の近所に神社があって、その裏には「入らずの森」と呼ばれる森があります。神域とのことで、「この森に入るな」と看板まで立っているのですが、子どもの頃友だちと一度だけ侵入したことがありました。暗くて道もなく、戻れなくなりそうですぐに逃げ帰った思い出があります。
年月がたった今、ふと考えます。昔は日本中に、人間の入らない森があったことでしょう。そこでは誰にも知られることなく木や草が茂り、動物や昆虫が生活して、脈々と命をつなげてきたのです。
地球温暖化など自然破壊の現実を思うとき、「この森に入るな」というあの看板が、私たちへの警告のように感じるのです。
(神奈川県小田原市 T ・ M)
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| 2005年12月放送分 |
「欠点丸抱えで信じる」

子どもを叱った時などによく思い出す、あいだみつお氏の言葉です。「この子のためだ」と思って叱っているから、言うことを聞かないとなおさらイライラするのでしょう。妻が薦めてくれた本に載っていたこの言葉は、親の思いや願いを子どもに押し付けて勝手にヤキモキしている自分を教えてくれました。
自分をムリヤリ曲げて「認めてもらう」より、自分を丸ごと「信じてもらう」方が、子どもは生き生きすると思います。そのままで輝いていることを信じて、子どもと信じ信じられる関係でいたいと思います。
(東京都江戸川区 S ・ S)
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| 2005年11月放送分 |
「いのちの音を感じて生きましょう。」

仕事と家庭でのストレスが絶頂に達していました。辛い・・・休みたい・・・もう嫌だ・・・。そんな時一人の整体師の先生と出会いました。先生は歪んだ私の身体を治しながら言いました。「秋の気配を感じますか?鳥の声は聞こえますか?雨の音はどうです?」そして、「仕事や家庭で疲れたら、目を閉じて音を探しなさい。鳥の声、雨の音、いのちの音を感じて生きましょう」とアドバイスをしてくれました。
翌日仕事場で早速、音を探しました。カタカタというキーボードの音、電話の音、車の音、その中に「ヒューヒュー」という風の音がありました。鳥の声も聞こえました。「ああ、私はいのちに囲まれている。」先生のアドバイスは、私にひと時の安らぎを与えてくれました。
(千葉県千葉市 K ・ Y)
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| 2005年11月放送分 |
「夢は逃げない。逃げるのはいつだって自分自身。」

他人に話すと笑われそうですが、私には子供のときからの夢があります。人生の分かれ道では、すこしでもその夢に近づくような選択をしてきたつもりですし、そのために捨ててきたものもあります。
それでもふと、自分には一生届かないのではないかと思えて、投げ出したくなるときがあります。そんなときは、中学の恩師に励まされたときの、この言葉を思い出します。
この言葉とはまだまだ長い付き合いになりそうです。もし夢がかなっても、この言葉は大事に胸に抱いていきたいです。
(埼玉県北本市 S ・ H)
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| 2005年10月放送分 |
「不毛なのは《毎日》ではなく《わたし》だった」

この一言は、北村薫の『ターン』(新潮文庫)の中の言葉です。一日をどんなふうに過ごしても、主人公が、同じ時刻、同じ場所に戻ってしまう話。しかし、私たちの日常を示唆しているように思えた。
毎日がそれなりに行っているときは、何てことはないが、急に、時のはざまに落ちてしまったかのような感覚におそわれるときがある。そんなとき、不思議なことに、ふだんは気にも留めないことの繰り返しにこそ、救われる。
それはなぜか?この言葉が教えてくれているように感じる。
(東京都練馬区 良子)
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| 2005年10月放送分 |
「人間は新たな壁に当たったとき、古い壁を越えていることに気づく」

どこで聞いた言葉だっただろうか。とても鮮烈な印象を残した言葉だった。今まで自分が直面してきた困難やハードルがひとつひとつ思い起こされた。
今度新しい壁に当たったときは、この言葉を思い出そう。越えてきた壁と越えた自分。それがその時の自分に勇気を与えてくれると思うから。
(茨城県坂東市 J ・ K)
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| 2005年9月放送分 |
「登り坂の後には必ず下り坂があるんだよ」

小学校に入りたての頃、母と一緒に自転車で駅前のスーパーまで行ったときのこと。3キロほどの道のりが当時の自分には大変でした。喜んででかけたものの帰りにはもう半べそで、母が途中で何度もストローのささったジュースを差し出してくれました。
その時、長い登り坂の途中で母が言ってくれた言葉がこれでした。小さいながらに何かを感じ、その後は何とか自分で頑張りきれたのでした。
辛い時には今でも母の顔とともに思い出す言葉です。
(神奈川県川崎市 A ・ T)
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| 2005年9月放送分 |
「私は人をいじりすぎました」

将来は小学校の先生になりたいと考えています。先日ある方の講演会で聞いたこの言葉が忘れられません。教師として寝る間もないほど真摯に子どもたちに向き合ってきた方なのに、懺悔ともとれるこの言葉の意味がどうしてもわからず、ひっかかっていました。
誰かを育てようとするとき、どうしても自分の理想を押し付け、その人あるがままの良さを見失ってしまう。真剣に向き合えば向き合うほど避けられないことかもしれないけれど、そこにある傲慢さ、恐ろしさに気づいているかいないかは大きな差なのかなと、今では私なりに考えています。
(茨城県結城市 K ・ S)
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| 2005年8月放送分 |
「人生はどれだけ長く生きるかではなく、どう生きるかが大切だと思う。」

あるテレビ番組の中で一人の少年が言っていた一言です。その少年は、一年で十才近く老化していく病気で、長く生きられないことを知っていました。
それにもかかわらず少年は、正々堂々と前向きに、明るくこの一言を話していたのです。私は感動しました。少年の言葉には、すべてのものに当てはまる真理があると思いました。
命、時間、お金・・・この世にある全ての物事をどう捉え、どう選択し活かしていくか。あって当たり前だと思っているあらゆる事に、もっと心を込め感謝し、一つ一つ大事にして生きなければと思いました。
(東京都大田区 M ・ S)
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| 2005年8月放送分 |
「自分のしたいことをするのではなく、できることをするのも人生です。」

自分の理想を追い求めるあまり、現実とのギャップで悩んでいました。そんな時大学の先生が、「夢や希望を持つことはとても大切な事だけど、そのことに執着すると人生の道が見えなくなることがある。」と話してくれました。そして先生は「自分がしたいことをするのではなく、できることをするのも人生です。」とおっしゃってくれました。
夢や希望のために生きているのではなく、すでに人生は始まっている。当たり前ではありますが、先生は大事なことを教えてくれました。
(東京都新宿区 G ・ I)
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| 2005年7月放送分 |
「どんなときも人生には、意味がある。」

私の好きなビクトール・フランクルの言葉です。
「どんなときも人生には、意味がある。あなたを待っている何かがあり、あなたを待っている誰かがいる。そしてその何かや誰かのために、あなたにもできることがある」
死にたいくらい絶望していた時、こんな人生のどこに意味があるのかと初めは反発した言葉でした。でも苦しめば苦しむほど、この言葉の存在が大きくなり、仕舞には生きる力を与えられていました。
小さいことでもいいから、私は私を生きよう。今は人生という一つの物語に乗って生きていきたいと思っています。
(千葉県花見川区 S ・ T)
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| 2005年7月放送分 |
「みんながいてくれて私は世界一幸せです」

友達からメールが来ました。彼氏から誕生日に携帯電話をプレゼントしてもらったとのろけていました。会社で大きな失敗をして落ち込んでいた彼女への、「いつでも電話してね。君はひとりじゃないよ」というメッセージなんでしょう。
メールは「みんながいてくれて私は世界一幸せです」と結んでありました。みんなの中には、私も入っているようです。心がふんわりと温かくなりました。もらったメールは消えないように大事に保存して、ときどき見ています。私こそ幸せを分けてもらってありがとう。
(横浜市港南区 A ・ H)
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| 2005年6月放送分 |
「大きな花びらは四葉のクローバー」

エリトリアという国の少女に、「宝物ってなんですか」という質問に絵を描いて答えてもらいました。画用紙一杯に描かれた花の絵につけられたタイトルがこの言葉です。
その国は戦場となった地。花なんかどこにも咲いていません。一杯に咲く花は、むしろ彼女の願いなのでしょう。大きな花びらが荒野に咲いたとき、それはみんなが幸せに暮らせる日々が来た証なのです。彼女の無邪気な夢が、戦場ではない国に暮らす私に強く強く響いてきます。
(埼玉県さいたま市 N ・ M)
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| 2005年6月放送分 |
「毎日を生きよ、あなたの人生が始まった時のように」

盲腸で入院していた娘が帰ってきました。わずか一週間ほどでしたが、騒がしいこの子がいない毎日は火が消えたようで、退院してきた日は本当に嬉しかった。何気ない会話にこんなに幸せを感じるなんて、この子がいてくれてよかったと思いました。
母一人子一人のためかぶつかることも多く、仕事が忙しい時なんかは私もイライラして、大喧嘩することもしょっちゅうです。そんな時は、この言葉と、あのときの気持ちを思い出すようにしています。
(栃木県大田原市 S ・ I )
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| 2005年5月放送分 |
「きれいなものに敏感なわりには、汚いものに鈍感」

友人宅に留学生が来ていると聞いて、さっそく遊びに行って来ました。彼女に日本の印象を尋ねたところ、古いお寺やお茶、お花など、歴史ある文化は洗練されているし、高層ビルのデザインや街の人の服装は現代的でとてもお洒落だし、すばらしい国だと言っていました。
「それなのにタバコの吸殻やゴミがあんなに道に落ちているのが信じられない。日本人は美しいものに敏感なわりには汚いものに鈍感なんですね」。
帰り道、桜が咲き誇る公園にお花見客のゴミが散らばっているのを見て、恥じ入るばかりの私でした。
(千葉県成田市 O・I)
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| 2005年5月放送分 |
「好きになってみたらどうですか?」

ある方から聞いた話です。その方のお庭にはきれいに芝生が植えてあるのですが、毎年春になるとタンポポが生えてくるそうです。抜いても抜いても生えてくるので、お世話になっている園芸師の方に困って相談したそうです。園芸師の方は「抜いても生えてくるんなら、いっそのことそのタンポポを好きになってみたらどうですか?とてもかわいい花ですよ」と答えたそうでした。
「今では青い芝生に黄色いお花も悪くないと思うようになったのよ」。その人はそう言って笑っていましたが、私には単なる世間話以上に、とても心に響いた言葉でした。
(東京都清瀬市 M・S)
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| 2005年4月放送分 |
「幸せな人の顔はよく似ているのに、不幸な人の顔はどれも違っている」

人間を不幸せにする原因は千差万別であろうし、幸福を感じる要因はこれまた星の数ほどあるだろう。なのに幸せそうな人の顔は不思議と似通っていて、反対に、イライラした顔や悲しげな顔など不幸の表情は人それぞれ違って見える。
多分それは、私自身も不幸な顔をして生きているからなのだろう。だからいやでも他人の不幸な顔が目に付いてしまう。自分と同じ顔をその中に見ているのだ。
どうせならいろんな形の幸福な顔を見つけられるようになりたいものだ。多分きっと、その時は私も晴々とにこやかな顔をしているだろうから。
(東京都府中市 K・F)
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| 2005年4月放送分 |
「晩御飯食べた?」

手術の途中で出てきたお医者さんから予想以上に妻の病状が悪いと告げられたとき、「たいしたことはあるまい」とたかをくくっていただけに、全身の血が足から抜けていくように感じました。
集中治療室で目を覚ました妻にかける言葉を捜しているうちに、妻のほうから「晩御飯食べた?ごめんね、しばらく作れそうもないから」と言われました。「こんな時に私の食事のことなんかどうでもいいじゃないか」。私の言葉は声になりませんでしたた。
それから妻が亡くなるまでの一年半は、お互い本当に真向かいになれたと思います。苦しみ悲しみも含めて妻に出遇い続けた大切な時間でした。
(千葉県八千代市 H・M)
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