| 2007年9月放送分 |
「うまく生きられないからといって、生きることをあきらめてはいけない」

若くして事業を立ち上げ、それなりの成功を納めて間もないころでした。ちょっとした行き違いから、それまで順調に築き上げたものが、一瞬にして崩れてしまいそうになり、身を隠すようにして、ひなびた漁村の居酒屋でひとり飲んでいたことがありました。その時、店の片隅で、年老いた漁師が隣に座っている若者に対してつぶやいた1言でした。あらゆることに、疲れきっていた当時の私にとって、何よりの励ましとなり、生涯忘れることのできない言葉となりました。
(埼玉県入間市 Y・O)
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| 2007年9月放送分 |
「自分の将来を見せてもらっている」

私が出会った介護福祉士の言葉です。昨年から祖母が認知症になり、現在家で介護をしています。最近症状が重くなり、私の父を見ては亡くなった祖父の名前で呼んでいます。その呼ぶ声が私にはとても怖くて、在宅介護を止(や)めようと感じていた時「おばあちゃんの姿は自分の将来を見せてもらっているんだよ」とその介護福祉士の方から言われ、涙が止まらなくなりました。私はなんて身勝手だったのだろうと思いを改め、今でも祖母と暮らす生活を続けています。
(千葉県船橋市 J・F)
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| 2007年8月放送分 |
「奪って豊かになるのではない。与えて豊かになるのだ」

今から約700年前に栄えたインカ帝国の皇帝の言葉です。内戦で国内もばらばらになり、隣の国と奪い合いのための紛争が絶えなかった中で、皇帝は隣の国から食料を奪うのではなく、与えることでインカを統一し、1000万人が豊かに暮らせる社会を築いたと言われています。食料を惜しみなく分け与える皇帝に、息子が疑問を呈した際、国を治める理念としてこの言葉を語ったと聞きました。国際紛争が絶えない現代社会に大きなメッセージになる一言だと感じました。
(東京都豊島区 M・Y)
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| 2007年8月放送分 |
「自分のための時間」

彼女に言われた言葉です。私たちは来年三十歳を迎えるのですが、最近よく結婚に
ついて話し合っています。そんな時彼女が、これからあと2年間「自分のための時間」
として使いたいと告げました。考えてみると私たちは、自分の時間と思って日々使っ
ているようだけれども、本当の意味で自分を考える時間として過ごして来たのかと、
改めて考えるきっかを与えられたと思いました。それにしてもほんと女性は強いです
ね(汗)。
(埼玉県浦和市 ホルモンさん)
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| 2007年7月放送分 |
「未来に責任を」

会社からの帰宅中、気になって立ち止まってしまった一言です。大学時代、勉学にいそしんでいた地球環境についての研究。今では普通のサラリーマンになり、大学時代に憶えたことなんてすっかり抜けているけれども、この言葉を聞いて思い出しました。
環境問題は過去と未来をつなぐ「今、現在、私達」の問題であると。私に何が出来るかはわかりません。でも横でスヤスヤ寝ている息子を見て思います。美しい地球を残してあげたいと。そのために今日から出来ることを少しでも実践し、息子にも伝えていこうと思いました。
(埼玉県上尾市 B・B)
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| 2007年7月放送分 |
「素直であることを忘れてはいけない」

素直なことはいいことだと思い、素直になろうとしていた私に、ある人がこう言ってくれました。はじめは、こんなに素直になりたくて頑張っているのに、「忘れてはいけない」とはどういうことだろうと思いました。しかし、素直になろうとすることと、素直であるということは反対の方向だとこの言葉は教えてくれていたのでした。自分が本当はどうしたいのか、この言葉はそれを今も私に問いつづけてくれます。
(東京都練馬区 A・M)
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| 2007年6月放送分 |
「死は人生の終末ではない、生涯の完成である」

ドイツの神学者マルティン・ルターの言葉です。たまに想像することなのですが、もし明日、この世界から私が消えるとしたら、とても悲しくなって、心にぽっかり穴が空いたような気分になります。その度、「死」ということを考えないようにして、いそがしさにかまけて自分自身を誤魔化しながら生活していたように感じます。死んだら「無」になるということを、日頃から口にしていた兄が重い病にかかりました。それを機会に「死」という現実を身近に考えるようになってからは、この言葉が、兄も、そして私の生き方をも励まし続けています。
(東京都文京区 M・O)
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| 2007年6月放送分 |
「キズのあるリンゴは甘いんだよ」

子どもの頃家族と行った旅行先でリンゴ狩りをした時、リンゴ農園のおじさんに言わ
れた言葉です。キズのあるリンゴは市場には出回らないけれど、実はキズを庇おう
として、リンゴ自身が甘くなるのだそうです。
それはまるで、悲しみや苦しみで心が傷ついている人ほど、他人に対してやさしくなれるんだよ、と言われているような気がしました。私も、キズの無いピカピカなリンゴ
より、キズを抱えながら味わいの深いリンゴになりたいと思いました。
(千葉県美浜区 S・S)
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| 2007年5月放送分 |
「お腹の中で1年目」

お寺の法要中聞いたお話で、印象に残った言葉です。昔の人は年月を数え年で計算して、例えば3回忌といったら亡くなってから2年目になるというお話から、なぜだと思いますかという問題を出されました。でもその理由はいたって簡単で、「お腹の中で1年目」ということだったのですが、これって大切な考え方じゃないのかなと思いました。だって、妊娠してから何週間目という考えではなく、細胞が何かしらの方向に生きたいと動き出した時、1年目なのですから、もう1つのいのちなんですね。今いろいそな幼児の問題を耳にします。いのちを、自分たちのはからいでどうにかしていくことではないのだと、強く感じられます。
(東京都豊島区 S・K)
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| 2007年5月放送分 |
「自分でいいと思ったら やめなさい」

人間にはやさしさばかりでなく、時には強い言葉も大切だと思います。私は、親はいつまでも成長を見てくれない小さな子扱いで、今思えば育った。当時小学校5年生くらいの頃も、クラスの中でもおくれている子でしたが、その時、意思の強い女性が担任となられ、教わりました。体育の時も人より自信ない私が、マット運動の後転の練習をしていると、先生が「やるだけやってみて、それでいいと思ったらやめなさい!」とはっきりと 強い言葉で言ってくれました。その厳しさにあおられ出来ずに居た後転が出来たのです。
(東京都練馬区 R・T)
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| 2007年4月放送分 |
「今日が幸せ」

友人に愚痴をこぼしていましたら、彼女からメールが来ました。「昔の方がよかったの?そうじゃないでしょう。これまで積み重ねてきたものの上にある。『今日が一番幸せ』でしょ?」。
よ〜く考えたら、確かにそのとおりです。無いものねだりや、欲ばりは品格が問われます。恥ずかしいことでした。
(東京都府中市 ムサシノキスゲ)
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| 2007年4月放送分 |
「家族には優しく、思いやり、隠し事無く、他人(人)には、迷惑をかけず仲良く、楽しく、暮らして下さい」

39歳より7人の子供を一人で、理容室をしながら育てあげた母の最期の言葉です。母が病に倒れたのは亡くなる一ヶ月前、初めての入院でした。絵の上手な母でした。お見舞いに行った際、毎日仏様を拝む時、大事に持っていたお数珠を私にくれました。この言葉は、子どもたち皆に言ったのだと思います。そっとベットの下で録音していた母との会話を、大切な言葉として今でも聞いています。
(横浜市旭区 T・A)
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| 2007年3月放送分 |
「堂々と迷っていけばいいのだ」

自分の進路が決められなくて、「でも、ちゃんとした職業を選ばなければ」と言う私に、先輩が言ってくれた言葉です。この言葉が毎日を先送り先送りにしていた自分を奮い立たせてくれました。
失敗してはいけない。間違いは駄目。正解だけを出すこと。そして立ち止まってはいけない。こんな感じで気が付かず自分を追い込んでいたのだと思います。そして選ぶことを恐れていたのだと今では思います。いつも何かをする前に立ち止まっていた私を後ろから少し押してくれたような気がしました。
(東京都港区 T・S)
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| 2007年3月放送分 |
「スタートとゴールを取り違えると大事なことを見失うよ」

志望校全滅で、ようやく滑り止めの学校に入学が決まりました。入学までの春休みは鬱々としていて、「あの学校に行きたかったな」と後悔ばかりしていました。
担任の先生に結果を報告に行ったとき、やっぱり落ち込んだ顔をしていたんでしょう、先生は私に「スタートとゴールを取り違えると大事なことを見失うよ」と言いました。
考えてみればそのとおりで、学校は勉強する場なんですよね。それがいつのまにやら目的になってしまっていたことに気づきました。
(埼玉県戸田市 E・F)
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| 2007年2月放送分 |
「いまは我慢我慢。とにかくペダルを踏めば車は前に進むのだ」

戦中から戦後にかけて旧制中学へ片道十四キロの自転車通学をしました。自転車は小さいし、悪路に悩まされ、疲れきって弱音を吐いたとき、父が「いまは我慢我慢。とにかくペダルを踏めば車は前に進むのだ」と言ったのです。この言葉が記憶に残り、その後苦しいことがあっても乗り越えることが出来ました。
(東京都練馬区 S・I)
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| 2007年2月放送分 |
「平和って、ひとりひとりの心が穏やかであることなんだと思うんだよ。」

辛辣なニュースが飛び交う毎日。平和という言葉を思い返してみる。平和って何だっけ?何がどうなれば平和と呼べるのだろう。心はボロボロで、疑心暗鬼もいいところ。信頼関係なんて言葉は虚しく響くばかり。そんなことを考えていたときこの言葉にであいました。「穏やか」ということが今の状況を急変させるとは思えません。でも、そういう心にふれることで、人のやさしさを全身で感じられるような体験が、平和への近道かもしれないと思った瞬間でした。
(埼玉県三郷市 R・H)
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| 2007年1月放送分 |
「子どもをもらう。」

私が始めて出産した時のこと。主人の田舎で近所のおばあちゃんから「子どもをもらわはったんやね。おめでとう」といわれました。「子どもをもらう」って物じゃないのだからと思っていたら、義母が「この辺では、こどもができたとか、子どもを生んだとかは言わず、授かった、頂いたという意味でもらう≠チて言うのよ」と教えてくれました。その言葉の響きに、単にいのちの誕生を神秘的な意味で捉えたのではなく、いのちそのものに対する尊敬を感じました。
昨今テレビでも子どもを作る、作らないという発言をしょっちゅう耳にしますが、そこにはいのち≠ノ対する傲慢さを感じてしまいます。
(東京都中野区 H・S)
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| 2007年1月放送分 |
「もうすぐお日さまがそっちにいくよ」

関西の親元を離れて上京したとき、慣れない土地での生活や初めての会社づとめでかなり参っていました。そのくせ実家から連絡があっても、楽しかったことや東京のいいところばっかり話していました。「負けるもんか」なんて意地を張っていたのかもしれませんね。
梅雨明けを控えたある雨の日、母からの電話に思わず号泣してしまいました。声にならない嗚咽を黙って聞いていた母は、ポツリと「梅雨が明けたみたいや。もうすぐお日いさんがそっちにいくわ」と言いました。離れて暮らす母がすぐ近くにいるように感じる言葉でした。
空でつながっているんだなって。
どこにいても一人ぼっちじゃないという安心感は、今でも私に勇気をくれています。
(千葉県取手市 T・A)
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| 2006年12月放送分 |
「孤独感をもっているのはキミだけじゃない。人間全部が持っている。」

自分には孤独という感情が全くないと思っていた子供時代。周りを気にせず生きてきた私にはじめて起ってきた、孤独という感情を言い当てた言葉ではないかと感じました。というのは、最近、家に居場所が見つけられないという女性と話す機会があるのですが、それは孤独を埋めるために話を聞いてあげようという善意からではなく、実は誰かと寄り添いたいのだという自分の孤独さに気付かされたからです。孤独を感じ無いことが良いとか、孤独を無くすことが幸せなのではなく、孤独を知ることで、自分の世界を他者に打ち明ける強さが沸くのだと感じています。
(東京都中野区 N・S)
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| 2006年12月放送分 |
「子供を亡くした親を呼ぶ言葉はない。その悲しみを表すことなどできないからだ。」

アメリカ同時多発テロ三周年式典での、当時のニューヨーク市長の言葉だと記憶しています。親を亡くした子どもには孤児、みなしごなどの言葉があるけれど、子どもを亡くした親を表す言葉はない。この痛ましい事件で何人の親が悲嘆にくれたことか、胸が押しつぶされそうな悲しみが直接伝わってきます。
二年前の父のお葬式で小さくなって泣いている祖母の姿を思い出します。悲しみを比べることなんてできないけど、祖母は私以上の痛みに耐えていたことでしょう。悲しい悲しい言葉で
す。
(千葉県流山市 Y・M)
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| 2006年11月放送分 |
「あんたは宝物よ。」

今年の始めに亡くなった祖母が最期に私に言った言葉です。末期ガンで喋ることも、まして体を動かすこともままならい中、手を握り、必至で伝えてくれました。成長し続けなくてはいけないと思い、自分の欠点ばかりをみながら生活している私を丸ごと受けとめ、存在を無条件で肯定しているこの短い言葉に大きな力を貰いました。とても小柄な祖母でしたが、とても大きな存在として私を生かす力となっています。
(東京都世田谷区 S・I)
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| 2006年11月放送分 |
「一人で全部ためこまないで。感情の目盛りをあやまると、あふれたのちに、壊れてしまう。」

川悩み事が色々あって、一人で悩んでいた時、友人に言われた言葉です。"感情の目盛り誤ると、おさえきれない感情があふれ出し、自分自身壊れてしまう。誰かに少しでも話す事で、おさえきれない感情の逃げ道を作る事が出来るんじゃないかな?"確かにそうかも・・・と思いました。ぐちでもいい。文句でもいい。少しでも、誰かに話して感情をコントロールし、目盛りを誤らない様にしよう。私にとって、この一言はいつも目の前にある大切な言葉となり、それと同時に話相手の大切さにも改めて気付かされました。自分は一人じゃないんだな・・・と。
(神奈川県横浜市 H・K)
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| 2006年10月放送分 |
「夫を持ったり、子供を持ったりする度に、人間の心の眼は開けてゆくもの」

川端康成の「結婚の目」より。単に女性に向けた結婚についての言葉に納まらないような気がします。「人は一人では生きて行けない」とか、「人と人との間にいるのが人間」なんて言い方はよく耳にしますが、私は、私一人では私であることはできないんだとを強く感じました。
この子の母としての私、あの人の妻としての私、両親の子どもとして、同僚の仕事仲間として、私は様々な私であり続けるんだなあ、もし誰かがいなくなったらあたしのある部分もいなくなっちゃうのかも。こんな風に感じて不思議な気分になります。
(東京都板橋区 K・A)
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| 2006年10月放送分 |
「泣くな!私にとってもあんたにとっても、あんた自身がお父さんの形見なんだよ」

私が19歳のとき、父はこの世を去りました。悲しくてどうしようもなくて泣くことしかできなかった私に、母が言ってくれた一言です。父と血のつながっている私自身が、母にとっても、そして私にとっても父の形見なんだ、だから、いつまでも泣いていないで笑って元気に生きていこうという、母からの強いメッセージでした。私が元気に生きていくことで、私の中で父が生きているんだ。母の思いを胸に、形見である自分を大切に生きていこうと思った一言でした。
(千葉県木更津市 R・M)
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| 2006年9月放送分 |
「今を逃げる人には、未来も過去もない」

勤め先の近くにお寺があり、そこの掲示板で出会った言葉。何度もそこの前を通りかかっていたのだが、掲示板にきづいたのは初めてだった。オフィス街の中にあるお寺で、周りにはサラリーマンやOLの人が私同様忙しそうに行き来している。「今やらなければならない仕事」がはっきりしていると思っていたから、余計に心に訴えるものがあった。
逃げてはいけない「今」とはなんだろう。私は今から逃げていないだろうかと感じる。忙しさを隠れ蓑に自分から逃げているのではないかと感じる。
(東京都北区 S・T)
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| 2006年9月放送分 |
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「氷が溶けたら何になる?氷が溶けたら春になる」

新聞で目にしたある小学校でのエピソードです。「氷が溶けたら何になる」というテストですから理科の時間でしょうか。もちろん正解は「水」。ところが一人だけ「氷が溶けたら春になる」と答えた生徒がいたそうです。そういう自由な発想を大切にしてあげることが今の時代は忘れられているのでは?とそのコラムは結ばれていました。
そうか…。日々の生活の中で、私も「氷が溶けたら水」という模範解答ばかりを求めていたんじゃないだろうか。妻は、子どもはこうあるべきだ、上司は、後輩は、そして自分は…。自分の決め付けた答え意外は受け入れられない、認められない私。それを認め、認められるところに自由があるんだと思いました。
(山梨県甲府市 J・K)
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| 2006年8月放送分 |
「わが国はどこか。それは浄土である」

浄土真宗の学校で仏教を学んだ私ですが、浄土と聞いてもどうしても絵空事というか、実感のない世界としか思えませんでした。学びが進み、知識は増えていく中で、浄土を身近に感じられないことに虚しさを覚えながら過ごしていました。
そんなある日、ある先生がいわれた「わが国はどこか。それは浄土である」という言葉には今までにない感動を覚えました。今現に生きているこの世を浄土にすることができるかどうかが、私に与えられた一生の課題なのだと感じました。不思議にもその感動は、その先生の存在とともに消えることなく、確かにここに道があるという実感がいただけました。
自分と仏教をつなぎとめてくれた大切な言葉で忘れられません。
(東京都あきる野市 C・C)
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| 2006年8月放送分 |
「人生は短いのではない。我々がそれを短くしているのだ」

この言葉をある先生がおっしゃっているのを聞いた時、日々の生活の中での私自身のあり方にはっとさせられました。忙しい忙しいと言って過ごす毎日はあっという間に流れていき、その流れていった時も、そんな自分自身を振り返ろうともしない、そんな私を言い当てられたような言葉でした。自分で自分の人生を虚しく、短くしてしまっているのですね。私を取り巻く環境は忙しいことに変わりはないけれど、少し立ち止まり、自らの人生にしっかりと向き合い、一日一日を大事に過ごしていくことの大切さを教えられたように思います。
(千葉県木更津市 N・A)
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| 2006年7月放送分 |
「かわいがられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる。」

ドロシー・ロー・ノルトとレイチャル・ハリスという人の「子どもの育つ魔法の言葉」から。全文をご紹介します。
批判ばかりされた子どもは非難することをおぼえる。
殴られて大きくなった子どもは力に頼ることをおぼえる。
笑いものにされた子どもは物を言わずにいることをおぼえる。
皮肉にさらされた子どもは鈍い良心の持ち主となる。
しかし、激励された子どもは自信をおぼえる。
寛容に出会った子どもは忍耐をおぼえる。
賞賛を受けた子どもは評価することをおぼえる。
フェアプレーを経験した子どもは公正をおぼえる。
友情を知る子どもは親切をおぼえる。
安心を経験した子どもは信頼をおぼえる。
かわいがられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる。
(千葉県成田市 Y・Y)
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| 2006年7月放送分 |
「最後まで黙っていたのは、私(わし)だけや」

大学の仏教の授業中にとても印象的な話があったので紹介します。
ある晩、四人のお坊さんが無言の行という無駄口を言わず精神を集中する修行をしていた時、隙間風でローソクがふっと消えてしまったそうです。
一番若い小僧さんが「あ、火が消えた」。すると二番目の、先輩の青年僧が、「しぃっ、今は無言の行の最中だ」と小僧さんを叱り。三番目の、修行が進んだ壮年僧が、「お前ら。くだらんことに、心を奪われるでない」と諌めた。しまいには四番目の、いかにも周りから見たら、修行を積み重ねて悟っているかに見えるご老僧が、「最後まで黙っていたのは、私だけや」としゃべったそうです。
この話の中には、愛情と自負心と名誉欲があるそうです。あなたはどのお坊さんがどのタイプだと思いますか?
(埼玉県さいたま市 S・H)
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| 2006年6月放送分 |
「自分を大切にできない人が、どうして他人を大切にできますか」

自暴自棄になり、全てが空しく、生きている実感が持てなくなった時期がありました。当時は他人を思いやるような余裕もなく、無意識に心無い言葉で人を、とても大切な人を傷つけていたと思います。そのくせその大事な人を大切にできない自分を責め、そのことでますます落ち込んでいくといった悪循環から抜け出せませんでした。そんな時にかけられた言葉です。「自分を大事にすることが隣の人を大事にする第一歩」、自分のことを好きになりたいと泣きながら思ったあの日を思い出します。
(千葉県流山市 T ・I)
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| 2006年6月放送分 |
「私たちは環境と共に生まれ育ってきたのです」

自分を取り巻く環境に不満を感じることは、日常生活の中で多々ある。多々というより、殆どの時間はこのような不平不満に費やしているといってもよい。そんな時、この言葉に出会った。自分がいつの間にかある状況に出会ってしまったのではなく、実はその環境を作り出すひとつの要素は他ならぬ私自身だということだ。外に原因を求めたがる自分の姿に気づかされたと同時に、私自身が変わることで取り巻く環境も変わっていくのだという明るい気持ちと、私は全てとつながっているという安堵感をも感じさせてくれる言葉でもある。
(東京都八王子市 A・S)
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