【講師からのメッセージ】
源信僧都の『往生要集』に三悪道(地獄・餓鬼・畜生)の様が詳細に語られている。その中にドキッとさせられた餓鬼がおる。「また鬼(がき)あって、一切の食、みな喰うこと能(あた)わず。ただ自ら頭を破って、脳を取って喰う」餓鬼であります。まさに、現代もその餓鬼に満ちている。誰の言葉も聞けない、誰も信じられない。自分すらも信じられない。ただただ頭の中に広がる想いに耽るしかない。
「業道経にのたまわく」(聖典247頁)と聖人が引用されて「かの罪を造る人は、自らが虚妄顛倒の見に依止(いじ)して生ず」と教えて下さっている。今日の悲惨な事件は、想い広がる虚妄を、いつの間にか事実であると思い込んでしまう人間の無智の闇から生じているのではないか。如来の本願は「虚妄顛倒の見に依止」して転落する三悪道から、出る事を知らない深い闇が悲しまれ、いたまれて生起している、大悲の本願という。
「如来法蔵となりて、本願を建立したもう」とは、如来が人間の闇の胸中に誕生したもう名のりである。法蔵は闇そのものになって闇が造る一切の罪と悩みを一身に背負うて、人間として生まれた「いのち」そのものを本願として建立してくださった。我等は法蔵の本願に聞く以外に三悪道から呼び覚まされる道はない。本願に聞信して初めて志願に生きる主体的人間としての人生が始まります。