講師紹介
木越 康(きごしやすし)
1963年生まれ。大谷大学真宗学科卒業。大谷大学院博士後期課程満期退学(真宗学専攻)。私学研修福祉会国内研究員。大谷大学短期大学部助手。大谷大学短期大学部専任講師を歴任。
主な著書(共書)に、『キリシタンが見た真宗』(東本願寺出版部) 『仏教とキリスト教の対話』(法蔵館)『正象末和讃を読む』(東本願寺大阪教区)など
【講師からのメッセージ】
親鸞は『正像末和讃』で、自らを「無慚無愧のこの身」と言います。「慚愧なき身」という意味です。「慚」は自らの罪悪を内に恥じることを言い、「愧」はそれを外に向かって恥じることを意味します。主著『教行信証』では、この「慚愧の心」をもつことが、人間が人間であることの尊厳を唯一証明するものだと説きました。罪悪を犯した時、そこに「自らを恥じ、他者に恥じる心」があるかないかで、人間が人間として生きるか、畜生と化して生きるかの分かれ目があるとしたのです。
人間は放っておけば、自らの欲望に導かれ、大きな過ちを犯してしまいます。しかしそこで最も大切なことは、自らを深く「慚愧」できるかどうかです。人間が人間としての尊厳を回復する道を、いっしょに学んでまいりましょう。
(木越康)