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社会を見る眼
 母と子という関係
  第61回 <2003年1月>

ロゴイメージ 「頼みもしないのになんで私を勝手に生んだのか!」

子どもは誰でも意識の底にこの思いを抱えて悩むのであろう。絶対的に受動のいのちを、わがいのちとして能動的に生きようとすれば、必ずこの問題にぶつかる。

ある混血の娘を生んだ勝気な母親は、「勝手に生んだのなら勝手に殺してもいいか!」と出刃包丁を娘につきつけた。それから娘は一人立ちの人生を歩みはじめたという。

あるお寺の坊守である穏やかな母親は、そのとき「あなた自身が生まれたい生まれたいとこの世に生まれてきたのよ」と応えたという。

いのちの誕生は、親と子が責任折半すればいいという問題ではない。交通事故なら過失の度合いで責任は分割される。いのちの誕生は事故ではない。親も全責任、子も全責任である。親が子どもの誕生に全責任を感じて受けとめれば、子どもも自分のいのちの誕生に全責任を感じて、はじめて自分をひき受けるときが必ずくるにちがいない。それは、残念ながら親が死んではじめてわかるという場合も多い。でも、そのとき亡き親が親となり、子が子になれるのであろう。

そんな女性に先日出遇えた。老いても気丈な事業家の母に正直てこずっていたその女性は、母の死に会い泣きつくし、あれほど両親の念仏に反抗していたのに、念仏している自分に驚いた。「母は私のために死んでくれた」と語るその顔は、すがすがしく美しかった。

(邦)




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