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社会を見る眼
 優しさ
  第51回 <2001年5月>

この頃の若い女性は、男性の優(やさ)しさに弱いらしい。「彼はとても優しい人だから……」

優しさっていったい何だろうと気になって辞典を引いてみた。―優は喪に服して愁(うれ)える人の形。悲しむ人の姿。又その所作を真似すること(白川静『字通』)―とある。なるほど優は人扁(にんべん)に憂(うれ)うである。憂い悲しみを懐(いだ)く人に豊かな優しさが備わるのか。

作家の柳美里(ユウミリ)さんのテレビでの対談である。柳さんは妻ある男性(後で結局別れる)との間に出来た丈陽(たけはる)君を産む。それは東由多加さんという昔からの愛する友人から、一緒に育てようと励まされたからだ。二人で幼子(おさなご)を育てた。その彼が癌(がん)になる。何ヵ月のいのちしかない。死ぬまで激痛にも一度も弱音をはかない彼だった。死を前にした彼を看病しながら、育児と執筆と介護で疲れきった彼女は、思わず朝方まどろんでしまう。ある朝、病室に入ってきた看護婦さんに向かって「シー」と唇に指をたてている彼の声が聞こえた……。

その語りを聞いたテレビでの対談者(木田孝太郎氏)が、「命(いのち)はもらえないけど、魂(たましい)はもらえる」と言う。柳さんは即座に、「その魂とは、声(こえ)ですね」と応(こた)えていた。

その対話だけが私に残った。魂とは実体ではない。実体ではないけど響くものだ。魂が呼びかけたその響きを魂がうけとるのだ。

東さんのようなこんな優しい愛を懐き続けられる男が存在するのだ。到底、私など及びもつかない男である。「人から受けた優しさを知る人こそが、人に優しさを懐ける人だ」と言った人があった。すると私などは人から受けた優しさも知らないものだ。だから優しさの源(みなもと)である憂いや悲しみの本音の深さも知らないものということだ。

仏教に全く救いの縁の無い者を表す「一闡提(いっせんだい)」という語がある。ここでいう優しさも憂いも感じない者である。その一闡提も必ず自分にかけられている優しさに気づく時があると、如来は信じて疑わない。それは如来の魂の呼び声だ。徹底した優しさである。

(邦


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