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社会を見る眼
 ポイ捨てができなかった少年
  第45回 <2000年5月>

いままで近所の方が掃除をしてくださっていて、申し訳ないことなので、近ごろ私も毎朝お寺のまわりの道路を掃くようにしている。

タバコの吸いがら、空缶のポイ捨てがいかに多いかに初めて気づかされる。バスを降りて自宅まで歩きながらの一服が、ちょうどお寺の堀のあたりが捨てごろなのかもしれない。私も昔、ヘビースモーカーのころ、よく歩きながらでも吸っていた。無意識にどれだけポイ捨てをしてきただろうか。

この春のお彼岸の一日、寺の役員さんと玄関番をしていた。そこへ戸を開けて中学生くらいの一人の少年が入ってきた。

「これ、どこへ捨てればいいの」

鼻をかんだのか、まるめたティッシュをつまんでいる。「エーッ」と一瞬あっけに取られて、「お墓の入口にゴミ箱があるよ」と言うタイミングが一瞬遅れた。その一瞬の隙(すき)に、彼は前に置いてあったお布施を受ける手盆の上に、そのゴミを置いたと思うと、さっと出ていった。

「コラッ。ちゃんと戸を閉めろ!」

私は思わず大声で叫んだ。少年は素直に戻ってきて、きちんと戸を閉めて去っていった。

後になって、その少年はやや知的障害をもった子だということを思い出した。家族と一緒に墓参りにきたのだろう。手にしたチリ紙をどこに捨てたらいいのか彼は迷った。自分のポケットに入れることまで気がつかず、ポイと無造作に捨てることもできなかったのだろう。そしてわざわざお寺の人に届けようとしたのである。

取るに足らぬこの小さなことが、妙に私の心のどこかに残っていた。

物(もの)も、人すらもゴミの如く無造作に使い捨てられる時代だ。小さなゴミ一つを捨てるのに戸惑う少年に、むしろ人間味が感じられてきた。そして、「お布施ばかり貰っていないで、ゴミも拝んでいただいたらどうだ」と、少年から言われているように思えてきた。

(邦)


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