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社会を見る眼
 未聞のハイジャックと増える自殺
  第41回 <1999年9月>

千歳空港に着いて札幌へ向かっていた車の中で、ハイジャックのニュースを聞いた。もし2時間あとの便だったらと思うと、他人(ひと)ごとと思えず気が気でなかった。

驚いたことにこの犯人は、自分でジャンボ機を操縦したくてやったという。それを許そうとしない機長を刺し殺して、シュミレーションのゲーム感覚で、五百余名の生命が託されている操縦桿(かん)を握ったのである。この無謀(むぼう)な操縦で急降下した超低空飛行の大惨事だけは幸いに免(まぬが)れることができた。自分で操縦したいだけのハイジャッカーなど聞いたことのない事件である。

彼はコンピューター映像と現実との区別がつかなくなってしまったのか。自分のやりたいことのためには、見知らぬ五百名の生命は存在しないのである。従って自分自身の生命も見えなくなっている。

自分の知っているものは仲間として親しくするが、知らないものはその存在すら視野の中にない。町なかで人とぶつかっても知らん顔で過ぎてゆく。そんな現代の傾向が犯罪にまで色濃く影を落としている。サリン事件・カレー事件もみな存在無視の無差別殺人である。ひとの生命が見えなければ、自分の生命もみえなくなる。昨年1年間の自殺者は、31734人であった。交通事故死の3倍以上である。働き盛りの中高年と老人が多いという。深刻な不況や不治の病苦が影響しているのであろうが、それは外からの縁であって、もっと深いところに内なる因があるにちがいない。

ひとは、自分だけの楽しみの思いや自分の苦しみの思いだけで、他を殺したり自を殺すまでするのである。自分中心の自我の思いだけが唯一の生きるものさしとするならば、最後は自他の生命そのものの重さをも感じなくなってしまうであろう。

自我中心の思いの根底に、いただいた生命(いのち)がある。そこに眼が開かれなければ、人間だけが抱える自殺・他殺の鍵は解けないであろう。

(邦)


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