いまエイズという病気が現代人に数多くの問題を投げかけている。
エイズとは、病気と闘うための体内の免疫体系が、HIVウイルスによって破壊されてしまう怖ろしい病(やまい)である。現在、決定的な治療法がない死に至る病なのである。病気と闘う力そのものを失わしめる病気。これは身体(からだ)の免疫体系だけでなくて、人間の精神的社会的な免疫体系までも破壊してしまう現代人の病を象徴する病ではないであろうか。
しかもそれが、「性」にまつわる病気だということだけが強調して報道された。アメリカの男性同性愛者の間で感染する病気が、更に異性間の性行為によっても感染すると言われてきた。そのためにエイズといえば性にまつわる不道徳な病気というイメージが根強くある。だから病気そのものよりも、更に深く患者に対する社会的な偏見や差別が生み出されてきた。
「性の快楽のために感染したのだから自業自得(じごうじとく)さ」という眼でしか見ない。この「自業自得」という言葉が相手(ひと)に向かうときほど冷たい眼(まな)ざしはない。そう言っている自分自身の自業は棚にあげ忘れ去られてしまっている。性の問題は倫理道徳で片づくほどの簡単なこ、こ、ろ、の問題ではない。人間としてここに生きているこ、の、身、の問題である。極めて個人的であるが極めて人間的な問題である。
エイズは現代の性をいま改めて問いかけているのである。
その情況の下で特に日本では血液感染による問題がある。血友病患者の治療に用いた血液製剤がHIVに汚染されていたので感染したケースが多い。危険な非加熱製剤を売りまくることを認め、加熱製剤の認可を遅らせたために被害が急激に広がったのである。この国では経済至上主義という「拝金病」に対する免疫体系も破壊されてしまったというのであろうか。
それに対して十数年に及ぶ被害者の人たちが、自らエイズと名告(なの)って闘って勝訴した。その勇気と歩みに対して深く頭を下げて敬意を表するものである。
(邦)