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社会を見る眼
 戦争犠牲者のままなのか
  第17回 <1995年9月>

今年は敗戦50年である。さきごろ、広島の原爆資料館を訪ねたら、ちょうど市民が画く原爆体験の絵草紙がたくさん展示されていた。この絵のすべては、あの悲惨な原爆による一人ひとりの市民の悲しみ痛みの深さをキリキリと伝えてきた。
 あの方たちは、戦争犠牲者と呼ばれたまま50年経ってどうしておられるか。犠牲者のままで果たして浮かばれているのか。という疑問がフッと湧いてくるのである。

 「この阪神大地震が東京でなくてよかった」という不謹慎な言葉をはいた人がいたという。犠牲者という言葉には、思いがけない災難によって非業(ひごう)の死を遂げた人たちというニュアンスがある。その裏には、「私は災難にあわなくてよかった」という感情がどうしても拭(ぬぐ)えない。だからせめて気の毒な犠牲者を悲しみ痛み追悼しようと。どんなに追悼の情を捧げても、なお犠牲者はあくまで過去の気の毒な犠牲者でしかないのか。

 追悼の情は、こちらから犠牲者を見る眼である。靖国の英霊として祀(まつ)るという思想の根もやはり犠牲者への追悼の情であろう。しかし、もうひとつ反対に犠牲者がこちらを見つめている眼があるにちがいない。

 よびかけている声があるにちがいない。

 高史明さんが語っておられた。

 「私たちが戦争の犠牲者に、こころから南無(なむ)せしめられるとき、両手が合うとき、そのすべての犠牲者が仏となって、私たちの前にまっすぐに現れてくださるのである」と。

 「仏となって現れてくださる」とは、どういうことなのか。それは戦争の犠牲者が、この私に「だからどうぞ南無阿弥陀仏と念仏してください」。そして「どうかまずあなたが念仏で助かってください」とよびかけている。このよびかけを続ける仏さまとして拝む次元を開く機縁となるかどうか。私に生まれた「南無」にすべてがかかっている。
(邦)










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