広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー > 社会を見る眼
バックナンバー
社会を見る眼
 食物のファッション化
  第14回 <1995年3月>
 日本の野菜とくだものは、まずい。とくにメロンは、ウリに砂糖水を注射したような甘みばかり。季節のない野菜やくだものが多い。(中略)味がないから、ドレッシングやマヨネーズに頼る。消費者、食品業者、農民が、よってたかって、日本の野菜をおかしくした。食べものだけは、ファッション化してはいけません。(後略)」。これは、ケニア在住の栄養研究家が、一時帰国のおり、朝日新聞に書いていた一文です。

 ここで気づかされたのは、こんな分野にまで、自然に逆行して、生命をものとみ、生命を粗末にしている姿があったことです。

 私たちは、飽食といわれる生活の中で、知らない間に、慣らされて、ファッション化した野菜やくだものを食べて、一定基準からはみ出したものを、切り捨てるのに加担していたのです。

「食べるものをファッション化する」ということは、その過程で、一定の基準に合わないものは、切り捨てるのです。ファッション化で必要なのは、流通ルートにのるスマートさであり、一定の姿、形を備えた粒揃(ぞろ)いの品だけです。そこには、味も、香りも、季節感も、消費者もないのです。

 きゅうりやなすは、曲がっていたら問題外。キャベツや白菜は、虫食いの痕(あと)があったら受け入れられないでしょう。ある時、テレビで玉ねぎの選別を放映していたが、一定の穴をくぐらせる手法で、大き過ぎても、小さ過ぎても業者は引き取らないのです。

 切り捨てられるものにも、生命があるのです。人間は食べなければ生きていけません。食べるものをファッション化するということは、人間の我儘(わがまま)を通り越した、傲慢(ごうまん)です。

 曲がったきゅうりも、虫食いの痕のあるキャベツも、また旬には旬のものを、感動をもっていただく。このような生活を通して生命の尊さ、他への思いやりも育ってくるのではないでしょうか。

 世の中に、ムダな生命は一つもないのです。合掌していただこう。
(昭)


戻る

Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)