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社会を見る眼
 『人間疎外症候群』
  第12回 <1994年11月>
 現代社会の難病のひとつに、『人間疎外症候群』というのがあるようだ。

 その症状は、「赤信号、みんなで渡れば恐くない」という流行語に代表されるように、独立心がなく、己おのれを喪失し、臆おく病びょうで、己一人では何もできないが、みんなでなら、思い切ったこともする。

 症候群というだけに、その原因はいろいろだが、その病状を大きく助長させてきたひとつは、社会の『自動化、記号化、スピード化』である。

 『便利さ』の美名のもとに、常に一方的に消費者に押し付けられてきた『自動化、記号化、スピード化』。改札口が、自動改札になるまでは、私が利用している地下鉄の駅では、改札で「おはようございます」「お疲れさまでした」の言葉が聞かれ、ほのぼのとしたものを感じたが、今は、「カチィ、カチィ、バターン」という音だけ。

 また、大きな駅では、地方から上京してきたらしい老夫婦が、自動発券機や自動改札の前で、誰に語りかけてよいのかもわからず、ただ、ウロウロしている姿を見かける。自動販売機による酒類や、煙草の販売は、未成年者などの購買を誘っているとか。昔なら、売り手と買い手の間に「おねえちゃんがお嫁入りだってー」など、近況の会話があって、その地域の人間らしい温かさなどをかもし出すのに役立っていた。

 『自動化』などの過程で、人間同士の言葉、会話がなくなり、人間不在で、言葉が記号化、抽象化された。これによって、処理能力は迅速化したが、人々は活いき活いきとした、人としての感情や感覚をもつことができなくなった。

 言葉は、人間生活、人間存在を成り立たせる基である。お釈迦さまは、仏法を言葉として残してくださった。言葉を通して、言葉を超える意義も、世界も、仏の願いも知らされる。このため、仏教には、言葉を大切にする伝統がある。現代社会の深い病巣は、こんなところにあるのではないだろうか。
(昭)


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