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社会を見る眼
 「赤ちゃんはまだ?」
  第8回 <1994年3月>
 「赤ちゃんはまだ」「赤ちゃんはいつごろ」等々。これらの文言は、私たちが新婚さんや、結婚しても、まだ赤ちゃんに恵まれない友人や、知り合いのご夫婦になに気なく話す言葉です。私たちは、親しみを込めて、また早く赤ちゃんに恵まれるとよいですねという思いで会話しており、全く悪意などありません。

 しかし、相手によっては、この言葉が心をえぐるように、また心臓を刃物でひと突きするように感じて、犯罪を犯すことにもつながることを知らされ、がく然とし、また懺悔(さんげ)もさせられました。

 このことを知らせてくれたのは、昨年4月30日未明、鳥取市の梅沢産婦人科を舞台に起こった、生後3日の赤ちゃん誘拐事件、通称「琢麿ちゃん事件」です。事件は6月5日、36日ぶりに兵庫県で、加古川刑務所刑務官夫婦が犯人として逮捕され、赤ちゃんも無事に保護されて解決しましたが、考えさせられたのは、刑務官夫婦が事件を犯すまでの心の遍歴、悶もだえです。

 この刑務官夫婦は、夫29歳、妻33歳で、昭和62年10月に結婚しましたが、未いまだ赤ちゃんに恵まれなかった。そんななかで、周りの人たちから「赤ちゃんはまだ」と問われるたびに、赤ちゃんほしさと、赤ちゃんに恵まれないことで心を痛め、精神的に追い詰められていったようです。犯行の一カ月前、夫の姉が出産した時には「うちも近く生まれる」とまで両親に報告していたそうです。

 私たちが、なんの気なしに、また、善意のつもりで話す言葉も、相手によっては心を傷つけ、追い詰めてしまうのです。「赤ちゃんはまだ」という言葉以外でも、私たちは知らずに傷つけていることは、たくさんあるのでしょう。

「知って犯す罪は重い。知らずに犯す罪は慚愧(ざんき=恥じ入る)なき故にさらに深い」

といわれます。『慚愧なき故に』、私たちは仏法に出遇あうことが願われています。
(昭)


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