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 病の因を尋ねれば……
藤谷 知道(大分県・勝福寺住職) サンガ第86号 <2007年3月>

イメージ 野呂昶という方の『いろがみの詩』という詩集に、

 ももいろは おかあさんのいろ
 おかあさん
 なんでも なくても
 よんでみる

というのがあった。なるほど、お母さんとは「なんでも なくても よんでみ」たくなる存在なのであろう。

 便利な世の中になってきた。0歳児保育だって、夜間保育だって、ある。みな大人の都合である。その陰で、子どもたちが涙を流していないか。……親と子の根源的なすれ違い。この世に生まれ出たということは、親にすれば、おめでたいことかもしれないが、子どもにすれば、母親から引き離され一人歩きを強いられた苦難の旅の始まりでもあるのだ。

 人の一生とは、いのちの記憶する「一」の安らぎと歓びを、「二」で成り立つこの世で再現しようとして織りなす綾模様だと思う。
親子兄弟で温かかった家庭。友と肩を組んだ幼き日々。男と女の愛の葛藤。仕事仲間や趣味の友だち。……人は人を求めて、一生の間、誰かしかの名を呼び続ける。それが“いのち”の自然であろう。ところが、今、大地が病むように“いのち”も病んでいっている。

 もろい子ども、きれる子ども。働けず、自立できず、結婚せぬ若者。自分の苦しみを幼子に叩きつけてしまう未熟な親。その因をたどれば、「おかあさん!」の呼び声が踏みにじられた幼き日の不安と絶望にたどり着かないか。

 人を求め、人を歓び、人を愛す、そんな人生になるかどうかは、幼子の不安を親がしっかり受け止めたかどうかに懸かっているのではなかろうか。


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