映画『オールウェイズ―三丁目の夕日―』(山崎貴監督作品)では、昭和30年代に、テレビが初めて我が家にやってきたときの情景を再現していた。もちろん白黒テレビだが大人も子どもも、躍り上がってテレビに夢中になった。昭和50年代にはカラーテレビが普及し、白黒テレビからカラーテレビへと需要が伸びた。我が家でも、カラーテレビが届けられる日を、いまかいまかとこころ待ちにしていたことを思い出す。ところが現代は、テレビといえば誰もが「カラーテレビ」を思い浮かべる時代になり、さらに「一家に一台」から「ひとりに一台」というような時代に入った。
かつてはどの家庭でも見られた「チャンネル争い」も現代では、ほとんど耳にしなくなった。リビングでひとの見ている番組が気に入らなければ、自室に戻りテレビを見れば争いは起こらないからである。「争い」が少なくなったのだから、それはよいことかもしれない。争いごとを減らしてくれるのだから、大げさにいえば、文明発達のお陰とも言えそうである。
しかし、なにか寂しい感覚も残る。ひととチャンネル争いしながらも、そこにはなにか大切なものを感じていたように思える。兄弟でチャンネルを争って、たとえ弟に勝ったとしても、あの後味の悪さはなんともいえない。負けたときの怨みよりも、勝ったときの後味の悪さが記憶に残っている。小さな衝突を繰り返すことで、大きな衝突を回避する直感力を家庭は育むように思えてならない。