夏目漱石が弟子の森田草平に宛てた手紙がある。
「天下に己れ以外のものを信頼するより果敢なきはあらず。しかも己れほど頼みにならぬものはない。どうするがよいか。森田君、君この問題を考えたことがありますか」
漱石らしい諧謔をよそおっているが、近代の人間の行き着く先を見事に表現している。
『朝日新聞』は新年の紙面で、「戦後60年から 私たちがいる所」と題する連載を組んだ。その中で久世光彦氏が、みずからの演出するホームドラマによせる思いを「連帯」という言葉で語っておられた。もはや死語と化したと思っていたが、「あつい連帯のあいさつを送ります」と叫んだ青春の昂揚がよみがえった。
しかし、戦後60年、その後半は「人から人へ掛け渡す橋はない」という西洋の箴言を骨身にしみて知らされてきた時でもあった。自己中心的な連帯は強者による弱者への支配に変質しかねない。
すでに100年前に漱石は、自分の外へ外へと何かを求めようとする自分自身が問題なのだと見抜いた。「連帯を求めて孤立しっぱなし」の戯れ言が示す近代の廃墟のただ中から、しかも「一如のまじわり」を生み出す力の源泉を、親鸞は「浄土」と呼んだ。