「私の妻の母は92年をほんとに見事に美しく老いて見せた。そして最後に毒をはき続けて、90年も生きてきたらいろんな毒がたまっていますよね、心の中に。それを全部吐き切って死んでいった。
うちの母は毒をはき続けて、最後は毒がどこかへ消えてしまって、仏になって死のうとしている。特殊な2例かもしれませんけども、長く生きると言うことは私たちにいろんなものを与えてくれる。そして、新しい命を私たちにつないでくれる。一人の人が死ぬと言うことは、決してそれで終わりではなくて、そこからまた新たな命として、よみがえって、それがずーっとつながっていくことによって、人というものは成り立って行くんではなかろうか、という風に思います」
私の好きな、天野ちうの詩を最後にひとつ。
鈴
財布に鈴をつけている老女 猫と暮らしている
一人と一匹の静かないえ
いえを出るとき老女は財布の鈴を握りしめてそーと 戸をあけてでていく
うっかりして鈴が鳴ると猫ははどこまでもついてくるので
家の前で老女の帰りを猫は待っている 姿を見ないうちは家へ入らない
そっと家を出た老女が道で車の事故に遭う そのまま病院に運ばれて死ぬ
暗い家の前で猫はいつまでも待っている
向こうでかすかに鈴が鳴る うれしそうにすこし顔を上げて猫はなく
着物を着た童女がよちよちと歩いてくる
赤い帯にちいさなかわいらしい鈴をつけて老女そっくりのかすかな姿で
夜中に何遍も目が覚めて困る 一人の老人がこぼす
それは便利のことだよ もう一人の老人が言う
だって自分が死んでいくのかどうか確かめるのに好都合じゃないか
それから二人ともしわがれた声で小さく笑う
小舟
若い人は物持ちだからあたりの景色も見ずに どんどん先に行くのもよい
老人は貧しいから物惜しみをしなくてはならない
生から死に向かってきわめてゆるやかに じぶんのふねをこぎなさい
あたりの景色をじっくりとみつめながらゆっくりゆっくりこいでおゆき
めいめいの小さな船を
「おそまつでした」