| 必死の介護が悪循環を起こした |
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特に、一人で生活できなくなってから、一人の女性、この母親の妹ですが、元刑事をしておりまして、『自分は老人を扱うのを慣れているから、私が姉の面倒を見る』と名乗りをあげてきた。ところがそうはうまくはいきませんよ。痴呆性老人。やがてこの母親は、自分の妹に対して敵意を抱いてですね、妹がいろいろ食べ物を持ってくる、そうすると、その妹が帰った隙に全部捨ててしまう。うちの女房が持っていったものは捨てないんですけども、妹の持っていったものを全部捨ててしまう。 それを知った妹はまたまたかんかんに怒る。『私がせっかく持ってきたのになぜ捨てるのよ。』くってかかる。悪循環ですね、こういうのは。そしてやがて刃物を持ってこの妹にくってかかる、という事態になりまして、妹は撤退します。すごすごと出ていきます」
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| あり地獄に落ちた痴呆性老人 |
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「自信のある人、つまり自分は年寄りの面倒を見るのは上手だと思っている人、がこの中にもしおられるならば、そういう人は危ないです。自信のある方というのは非常に危険な存在ですね。結局この年よりは妹に対して、敵意を抱いて、危なく刃傷沙汰が起こり得ないような事態にまで立ち至った」
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| 孤立無援の痴呆性老人に言葉の槍 |
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「この妹のやり方を見ておりますと確かに口うるさいんですね。いちいちいちいちと、ああでしょう、こうでしょうと、私が診察している時もですね、『ほんとのことおっしゃい、さっきはこう言ったじゃない』とかいろんなことをぐずぐず言うんですね。多弁、おしゃべり、口うるさい。しかも、姉と妹という関係で過去を引きずってますからね。いろんな思いがあるわけです。姉にいじめられたことがあるとか、ですね。ですから、ぼけたついでに腹いせをやっていると言うことがなきにしもあらずで、人間はいろんな業を背負ってますから、いろんなものが出てくるわけです。従って家族というのは必ずしも痴呆性老人の介護に適しているかどうかわかりませんね。いろんな思いを引きずっている」
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| 空回りする身内の努力は悪魔の使い |
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「やがて病気は階段を降りるように進行いたします。お金をビリビリ破る。あるいは自分の着ていた着物を破く。そこら中やぶれた着物が散乱する。廊下には大便が転がっていたりする。これがかっての貴婦人、みんなから尊敬されて、美しく老いた母親の姿かと思うと、うちの妻などはかんかんになって何とかしようと、必死ななって、一瞬でもそばについていて、何かやろうとする。やろうとすればするほど、空回りし、母親は嫌うわけです。自分の身近なところから嫌います。身近なものが悪者になります。たまにいってそれとなく接する人たちに対しては全く普通に対応する。私などはたまに行きますと、どこがぼけているんだと言うくらいきちんと対応します。だから身内にとっては、日中ずっと世話をしている人にとってはしゃくに障ってしょうがないですね。自分はこれだけ一生懸命にやってやっているのにという。『やってやっているのに』というのが一番よくないようですね。人のためにと書いて偽りという字になりますね。人偏に為と書く。わかりますね。大したことじゃないですから」
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| 夫婦の間にも不穏な空気 |
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「それで妻はいよいよ最後の決断を迫られることになります。自分が仕事を辞めて、ある重要な仕事をある研究所でやっているものですから、すっかり自分のやってきた仕事を辞めて、朝から晩までつききりになるか。あるいは母親を入院させるかというニ者選択をどうしても迫られる。地域医療で痴呆性老人を見るなんてことを簡単にもうしますが、そうなかなかいきません。施設中心よりは地域内ケアが優れている、なんて厚生省は言っておりますが、そんな生やさしいもんじゃない。妻はニ者選択を迫られる。そうすると人間不安になりますからね。私にいろんなことを聞く。『ここんとこはどんな風にしたらいい』、というような事をしつこく聞き出す。『あなた専門家でしょう』、というんですね。『専門家といっても看護の専門家じゃないよ』と逃げておりましてもですね、いろいろいろいろと、うるさくてしょうがない。全て話題は母親をどうするかという事に集中いたします。私も1日50人患者見てくたくたになってうちへ帰ってきて、また同じようなことを言われるとですね、ついついカットしてですね、不穏な空気が夫婦の間に流れる。痴呆性老人ていうのは伝染病だと私は言っているんですけれども、次から次へと悪いように悪いように絡んでいく」
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| 最後の決断・専門家の敗北 |
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「もうこうなったらしょうがございませんね。ある時点である決断をせざるを得ない。入院いたしました。地域医療の旗を掲げている私にとっては、敗北ですね。私の友人の病院へ入院させていただきました。ところが今入院だとなると、上手に連れていってくれる商売があるんですね、これが。みなさんご存知ですか。実に簡単にですね、お医者さん一人と、ナースが一人と二人組になってやって参りまして、あっという間に病院へ運んでくれました。実にうまいですね。そんなことどうでもいいか」
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| 入院・静かなひととき |
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「病院へ入った母親は昏々と眠りました。2週間ぐらい眠り通しました。よっぽど寝てなかったんですね。マンションの一人暮らしというものがいかに不安であり、眠らない状態がずっと続いたのか。いやだいやだと最初は言ってた母親も、ほんとに熟睡ですね。
そして一時静かな時が流れました。看護婦さん達も非常にいい看護婦さんで、場所もゆったりとした、老人病院で、私も関係していた病院ですから、良くしてくれて、個室で穏やかな時間がしばらく流れました」
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