広報紙『サンガ』
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 老いとの対話
1999/5/29 <1 of 4>


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講演中の浜田晋先生

「一般的に老いると言うことの話を聞きたいという方が大勢おられると思いますが、これはつまらないのですね。個別の話の方がどうしても身近に感じるというふうに私は一方的に思いまして、非常に身近な老人二人の話を中心にしていきたいと思います」
 痴呆とぼけは違う
 
「私の義理の母、妻の母親は、92歳でなくなりましたが、その5年くらい前からいわゆる痴呆性老人になりました。ぼけというのとはちょっと違いますですよ。みなさんよく混乱なさって、ぼけたっていうふうに全ておっしゃいますけども、痴呆というのは病気でございまして、ぼけというのは、皆さんほとんどぼけておられる。人の名前などほとんどでてこないんですね。『えーと、この人はー』と言ったらもうでてこない。歌手の名前とか、なかなか名前がでてこない。これがぼけですね。健やかに忘れると書きますが、これは健忘なんですね。このぼけが、つまり物忘れ、ど忘れですね。ど忘れが進行して痴呆になるという頻度は非常に少のうございます。7パーセントとか言われていますが。
 よく『自分はぼけたんじゃないか』と心配してこられる方がおられますが、自分がぼけたんじゃないかと医者の所にこられる人は全然痴呆でも何でもない。痴呆恐怖症ですね。恐怖症というのは、日本人は好きなんですね何でも。昔は結核にかかったに違いないと思いこんで、、結核だ結核だと医者の所に何軒何件もも行く。『結核じゃないよ』と言われても、『いや結核だ、おまえはやぶだ』と次の医者を訪れる。最近ではエイズ恐怖症。あるいは癌恐怖症。癌ノイローゼですか。自分は癌だと決めてしまってですね、癌でないと言われても、癌だ、癌だと何軒も何軒もお医者さんを渡り歩く人がいますが。痴呆とぼけとは違います。どう違うかはこれからお話しいたします」
   
 母親その(1) 美しく老いる
 
 「この母親が、非常に、なんて言いますかねー、才色兼備な母親でして、ちょっと社会的生活者としては未熟な、幼稚であった夫、元大学教授の世話を一生懸命しまして、その夫を看取ってから後10数年クラス会の幹事をやったり、お能はやるは、鎌倉彫はやるは、お花お茶は言うに及ばず、趣味多数ですね、美しく老いた。美しく老いる。いい言葉ですね。そんなになればどんなにいいなと思いますが、その典型なような母親でした。その母親がぼけてきた。私たちのすぐ近所のマンションに独りで住んでいましたが、週に1回ぐらいは行って一緒に食事する、ということできたんです」
   
 痴呆の始まり
 
 「そうしているうちに、まず私が気がつきましたのが、食卓の上の食事が非常にみすぼらしくなります。乏しくなります。だんだんだんだん食卓の上が寂しくなって、何となく、あたりが殺伐とした風景になります。言葉数が少なくなります。じーっと黙って食べる。やがて店屋物を取り出す。極上のにぎりをとり出す。何しろプライドのの高い人ですから、並ではない、極上のにぎりです。
 いろんな気を使うんですけどもなんか変わってる、どっかかわってきたと言うことがありまして、これはどうも一人で暮らさしていくのは無理ではないかということで、うちのマンションの隣がたまたま空きましたので、そこへ連れてこようと思いまして買うことにしました。プライドの高い人ですから、お金を少し出させてやろうと、私たち夫婦の計らいで3分の1ずつ出し合ってそのマンションを買って、やがてはこちらの隣に引き取ろうと言うことにいたしました。そして、お金が必要になったわけです」
   
 階段を落ちるがごとし、悪化のきっかけ
 
 「お金はいっぱい持っている人ですから、ある証券会社の営業マンを呼んで交渉をしたらしいです。ところが、年寄りに悪いことをする商売人がいっぱいおりますですねー。母親は、証券を売却して、現金にして、それでもってお金を作ったと思っていたんですね。ところが証券会社の営業マンは、証券を担保にしてお金を貸すと言うことで処理したわけです。その事情がよくわからなかったらしいんです。
 ある日督促状が来たんです。それを見て、うちの家内に『利子をくださるんですって』と話す。家内がそれをよく見てみると、お金を借りていると。家内はその実の母親似にて非常に几帳面ですから、徹底的に追及したんです。『なぜおかねなんかかりたんです、あれほど言ったじゃない。ちゃんと証券を売ってお金を作るというのに、どうして借金なんかしたんだ』と徹底的に追及したらしいんです。 ところがその後からがくんと、落ちました。ほんとに階段を転げ落ちるように」
   
 本物の痴呆になった
 
 「途方に暮れたような状態ですね。行ってみますと重要書類を入れています紫の風呂敷を出しては広げ、出しては広げ、出しては広げそこら中広げています。無我の境地というのはああいうものですかね、必死になって出したり入れたり、出したり入れたり。まとまらない行動をしておりました。それがはじまりだったですね。
 悪いことが重なる時というのはほんとに続けて起こるもんですね。たまたまそのマンションがリホームというのをすることになりました。マンション全体にネットをかぶせる。職人さんがベランダの上を行き来する。そしてネットをかぶせたものですから非常に暗くなる。あるいは他人が行ったり来たりするものですから、それに対して恐怖心を持ちまして、窓をしっかりと閉めました。そして日中も閉じこもってほとんどマンションを出なくなりました。

 その前に親友が次から次ぎへと死んでいったんですね。年をとってから友達に死なれると言うことは一番答えますね。

 とにかく、のぞいてる、誰か自分をねらってる、というふうな一種の妄想ですね。閉じこもってしまいました。出ない。

そこで、いよいよ引き取ろうと言うことで、引き取ろうとしましたけれども、断固として拒否ですね。どうしても動かない。言い出したら聞かない。自分が非常に才色兼備、美しく老いてきた女性にとって、自分が社会的に無能力者であると、自分が自分のことを何もできなくなったという風な思い、つまり、老いを受け入れると言うことは、この老人にとっては、耐えられないことですね。非常に高いところにいますから、その衝撃が強すぎる。

 従って痴呆性老人の進行が早いのは医者であるとか、看護婦であるとか、保健婦さんであるとか、あるいはお坊さんであるとか、つまり人から頭を下げられる、自分からあまり下げたことはない。そういう人たちは落差に弱いですね。

 この老人にとっては、証券マンともうまく話し合いができなかった、自分の娘にはぼろかすに言われた。それから、次々と変なやつには窓からのぞかれる、という風なことが重なってですね、だんだんだんだん口数が少なくなっていく」
   
 痴呆の症状、中身は不安
 
 「不安で不安でしょうがないんでしょうね。一歩一歩歩くのも『だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ』と言いながら歩いているんです。痴呆性老人のもっとも基本的な症状は物忘れがあるとか、自分が誰だかわからなくなるとかではなくて、不安ですね。不安。根元的な不安。生きていくことに対する不安。不安で不安でしょうがない」
   
 安らぎの時
 
 「そしてこの老人にとっても、ほんの安らぎに時間があります。ある夜泊まっておりましたら、朝が来て、何かごとごと音がしている。ちょっとのぞいてみますと、米粒を一握り持ってきて、窓を開けてぽんと捨てる操作を繰り返している。なにをしているのかと見ていましたら、じーっと、カーテンのとこから眺めている。何をしているのかと思ったら、雀が来ている。雀がその米をついばんでいるのを、じーっと見ている。
 この母親にとっては、雀が唯一の友達ですね。あーせい、こうせい雀は言いませんからね。ちゃんとこぼさないように食べるのよとか、いろんなこと言いますからね。
   

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