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老いるについて
職を辞して1年がすぎ……(1)
浜田クリニック 浜田晋 第93回 <2008年5月>

 2007年1月、仕事をやめて自由の身となって、早いもので1年の余がたった。「仕事やめたら呆けるぞ」とおどかされていたし、全くの自由の身になった体験をもたないのでやはり若干の不安もあった。

 ところが一日一日を生きるうちに、かつて経験したことのない楽しい時が流れていった。とにかく忙しくてしょうがない。朝少しおそく起き、朝食をとると長椅子で少し眠る。これがすこぶる心持いい。かつては朝、どんよりとした気分で頭がさえず(睡眠薬や抗うつ剤の飲みすぎだったようだ)、仕事に行くのがおっくうで、このままどこか遠くへ行って死んでしまいたい……と思ったりもしていた。ところが小1時間の熟睡ですっきりとした爽快感。毎日クリニックへ行っているものの、患者さんの長話を聞くことはないし、三文小説を読むのが楽しい。

 かつてなぜ村上春樹が一般にあんなに売れるのか不思議でしょうがないので、とにかく読んでみようと、あらかた全小説を読んでみた。結果私には『ノルウェイの森』と『アンダーグラウンド』(これは精神科専門医としての興味半分)と『海辺のカフカ』、それに短編はそこそこで、他は全くつまらなかった。結果的になぜあんなにわけもわからない本が何百万冊も売れるのか意味不明のまま終ってしまった。

 話はそれるが、わけのわからない本を日本人は好きなのかもしれない。(私のわかりやすい雑文などは、だいたい一版で絶版になってしまって、確定申告のとき面倒くさくないのがとてもよい)。もしかしてわけがわからない本を書いた方がよかったのかもしれない。土居健郎の『「甘え」の構造』や神谷美恵子の『生きがいについて』や中井久夫の本などがあんなに売れるのと同じ社会状況というか日本人の心性なのか。愚痴はそのくらいにして、とにかく村上春樹を全部読むことによって一つの山を越した。

 次にとりかかったのが三文小説である。純文学は捨てた。そして志水辰夫、藤原伊織、奥田英朗、恩田陸にはまった。久しぶりに痛快で面白い小説に泣いた。志水辰夫や藤原伊織にはまって「生きていてよかった」と正直思った。寝るのももったいなく深夜に及んだ。一言でくくるとすれば「市井の戦後史」、日本国の主流からはみだしたアウトサイダーたちの涙であり、熱っぽさである。所詮私はこの戦争から脱することができないことを改めて知った。(つづく)


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