老いると耳が遠くなることはあたり前のことである。もちろん個人差はある。
妻は最近「あなたはこのごろ耳が遠くなった!」と言い出した。私は妻のせいだと思っている。妻はこのごろ急速に健忘が進行した。まず固有名詞が消えた。「あれ」だの「それ」だの一般名詞でよぶ。「あれはどうした」とか「あそこへ行ってきた」とか言うので、会話が成立しない。いつもは面倒くさいから聞きながしているが、大切なところは「どこへ」とか「何を」とか聞きなおす。自らの健忘について、自覚が乏しくなっている。だから私が聞きかえすと、私の難聴のせいにする。私もテレビを見ていたりして、集中力が薄らいでいるせいで聞きかえすこともあるだろう。難聴検査でも受けたらはっきりするだろうが、面倒くさい。診断がついたからって、治療はできない。
とも言いきれないこともある。先日私は聴診をしていて、どうも心音の聞こえが悪いなあ、いよいよかと思って、そのことをワーカーさん(私のクリニックのようなレイサイ企業でナースを雇うだけの力はない)に話したところ、「聴診器をみせてください」と言われた。そこで渡したところ、大笑いされた。
実は聴診器が耳あかで完全につまっていた! というのだ。やぶ医の面目躍如。
「難聴」といってもいろいろあるというもんだ。難聴になると、概ね、その人の声が大きくなる。私の妻がそれだ。もともとソプラノで大声なのに、それに輪をかけて大声となった。だから疲れていた日などはすぐ私の部屋に逃避する。すると私の見ていたテレビの音がとたんに大きくなる。そして電話がかかるとかん高い声が次第次第に大きくなる。しかも長電話ときている。どんどん話題は発展(?)して行くのだ。とても側におられたもんではない。
それからもう一つ。お年寄りによくあるのは、「聞こえたり、聞こえなかったりする」ことである。日常的なのは老人の悪口を家族同士が「どうせ聞こえないだろう」と思ってしゃべっているとちゃんと聞こえていて、あとでしっぺがえしがくる。そのくせ「〜してちょうだい」とか「またこんなことをして」と都合の悪い時は、「え? 耳が遠くなって・・・」と繰り返す。
お年寄りはなかなかしたたかである。私なんかまだほんの序の口。意地悪じいさんへの道は遠い。