定年後のうつ状態の予後は、妻の対応によって違ってくることは当然であろう。
「もうあなたは充分働いて、子供たちも巣立ったし、これから2人で新しい人生を考えましょう。ぜいたくしなければ何とか生きて行くだけの貯えもありますし、心配することはありませんよ」と力づけてくれる人と、「自分だけやりたい放題して来て(株を妻に相談なしにやって大損、数千万の借金を残してしまった)、今更私たち(妻と妹)に頼ろうったってそうはいきませんよ。あなたの顔を見るのさえいやですからね。なるべく家にいないでください! 食事も今まで通りつくりませんからね」と言われる人とでは大違い。夫婦関係の実相がそこで試されることともなるのだ。
一般的に高度経済成長期の猛烈社員は、ほとんどが妻子の方を向いていない。会社中心で家庭のことは子どもたちの教育を含めてすべて妻の責任と考えている。子どもの非行や異常行動に対してもいたって無関心である。「妻がもう少し優しくしてくれれば……」と夫はよく言うが、それじゃあ、あんまり虫がよすぎる。30〜40年間のつけが今全部まわって来ることとなるのだ。だからといって精神科医は彼らの愚痴を聞かないわけにはいかない。あなたたち2人の責任でしょう、とつき放すわけにもいかない。概して彼らの話は、長い。うんざりする。勝手にしやがれと言いたくもなるが、プロともなればそうはいかない。
高度経済成長、バブルの崩壊、女性の社会的成長など社会的要因によるところもあろうが、今更それを持ち出しても彼らにとっては無益であろう。彼らは仕事や家庭のぬくもりや生き甲斐を求めてやまない。
そこで宗教は役に立つか? 幸か不幸か私は宗教によって立ち直った症例を見たことがない。日本人の心性――特にサラリーマンたちの群れは概ね無宗教である。
今日、「うつ病のなおし方」という書が山のように出ているが、宗教療法(?)に言及した本はほとんどない。森田療法にはある種宗教性をはらんでいるものの、その意義を強調した論はない。禅に造詣の深い外岡豊彦先生(心理学者)が自らうつ病になって「禅はうつ病には全く効かなかった」と私におっしゃった。「薬しかありませんね」と。昔、京都で高僧が自殺されたと聞いた。私も2、3のお坊さんの躁うつ病を診たことがあるが、概ね難治性である。
「宗教とうつ病」は都市の僧侶にとって大きな課題となろう。