定年退職は日本のサラリーマンにとって大きな課題となった。60〜65歳以降、どう生き、老い、死ぬのかということである。そして、日本人は従来、この間を生きることがすこぶる下手であることを述べてきた。しかし、うまく生きている人もいる。2〜3の症例をあげてみよう。
昭和16年生まれの男性。一流企業の総務部の重要パーツを勤めあげ、55歳からその会社の管理会社を任され、60歳で定年退職した。25歳からうつ病となり、昭和52年からずっと私のクリニックに通院している。29年になる。一度は首吊り自殺までして入院暦もある。生真面目几帳面で、典型的な日本のサラリーマン。妻と子ども2人(もう家を出た)4人家族である。両親も看取った。
会社では1年に一度総会がある。そして総会屋(ほとんどやくざまがい)と話し合って、無事その総会を終わらせるのが彼の大きな仕事である。とても重い。2ヶ月も前になると、ずっしりと重くなる。法が改正され、総会屋はいなくなったように言われるがとんでもない。彼らはハイエナのごとく群がってくる。次々とやってくる。東京では300人位いるらしい。1年間会社の粗探しをし、それを種に強請る。そして何がしかの金を盗みとっていく。しかしそれが明るみに出ると、法が出来たために会社は罰せられることになる。もともと彼のような小心で几帳面な男にはむかない仕事であるが、ずっとその仕事を10年余り任されてきた。抗うつ剤・抗不安剤が手離せなくなる。
晩年はビルを建て替え、そこの管理を任されるという地味な仕事。家では父(脳梗塞)を看取った。高脂血症を合併した。平成11年3月定年退職した。ひたすら耐えに耐えた人生だったのだろう。「荷おろしうつ病」というのがある。過労から開放され、どっと落ち込むのである。
ところが、彼は町会の役員を引き受けさせられ(彼はいつもノーと言えない)、町会の人との交流が始まった。「地元のおじさんたちとのつき合いはとても面白いです」と好機嫌。あの疲れきった暗い表情は消えた。妻と2人でスイス中心に12日間の旅行へも行った。「とてもよかったです……自由な生活はすばらしい」と言う。時々不安がよぎるので薬(少量)はやめられない。「先生のお顔を見るとほっとします。一生卒業させないでください」と言う。もっぱら高脂血症の治療の帰り、私のクリニックに顔を出す。ゴルフの練習を始める。アパートを持っていて、その収入で生活は出来る。「薬をやめたら、とたんに悪くなりました」と言う。観劇、写真展を見たり、「やっぱり仕事しないと……」と、ビル清掃の仕事に行きだす。2人の子どもも家を出て幸せ。「僕の人生はまあこんなところでしょう。先生いつまでもお元気で」と。私を支えてくれている。