79歳の誕生日を送った。1号から本稿のすみっこをけがしているから、もう13年の余がたつ。「種がつきませんか?」とよく聞かれるが、「いやこんなものは締切前、10分ほど机に座ってぼーっとしていると、おりおり主題がうかべば、30〜60分くらいでひとりでに筆が走るものです。しょんべんをするようなもの・・・・・・」と言っていた。
ところが、だんだん歳をとるにつれ、書くスピードが激減した。いくらたっても主題はうかばず、一日延ばし。とうとう今回は「何を書いていいのかわからなくなった」。昔はこのような軽いものは書くのがむしろ楽しくて、ストレスの発散になったものだ。ところがそれが苦しみと化した。あせる。もう一稿重いものを定期的に書いているが(専門的)、あちこち手をつけ書きなぐりの紙の山で、頭の中はぐじゃぐじゃ。もうこれまでか!と思ってもみるが、ここでやめたらますます呆けるだろうと思ったりする。「何もできない」というところから、本当の「老い」が始まるのかもしれない。これからが正念場。
「無題」とした。
そしたらすーっと気が楽になって急にまた筆が走り出した。
精神科診療所を開設して30年がたった。気力、体力のおとろえは言語に絶する。患者さんとゆっくり話をする気力がなくなった。今は週4コマ(午前3コマ・午後1コマ)と減らしてみたが、やはりその日に長く見ている患者は集中するので、1日70〜80人診ることになったりする。もう息も絶え絶えである。心を病んだ人は過敏である。「先生どうしたんですか。眼に力がない。少しお休みになった方がいいでしょう。外国旅行でも行ってこられたらどうですか」と逆にいたわってくれる。どっちが患者かわならない。かと思えば「先生色つやもいいしお元気そう。私の命綱だからもう10年やってください」と言われたりする。
決心した。来年10月23日、80歳で完全に診療を終了する。でないと危険である。責任がもてない。一市井人となる。それからどう生きるか。いよいよ本稿の真価が問われる。