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老いるについて
 朝顔の話
浜田クリニック 浜田晋 第78回 <2005年12月>

  四谷の青テントのおじさんの朝顔のつづきを話しておこう。彼の労作にもかかわらず、今年その朝顔はほとんど咲かなかった。小さなしょぼい花がやっと数輪で、もう秋を迎えようとしている。葉は見事に繁っているのに花が咲いていない。私はあまり植物に関心がないが、これは日照不足だと思った。なにしろ大きな樹木の根元にからませてあるから、あまり日があたらない。そのせいだと思っていた。ところが我が家の隣のおばあさんも、今年はがんばってプランターに朝顔を何本も植えてフェンスにからませた。日は燦々とふりそそぐ。ところがちっとも朝顔が咲かない。おばあさんはなげく。「葉っぱばかり繁って花はちっとも咲かないんです。どうしてでしょう。種が悪かったのでしょうか。お日様の光が変わって来たのでしょうか」と言うのである。その話を夏休みに高知へ行った時、画かきの友人にしてみた。彼は「高知も今年は朝顔が咲かんがですよ。そういう年ってあるんですよ」と言った。

 そういえば、何とかいう花は1年おきとか2年おきとか言うのだから、そういう年まわりかと思った。
 妻は朝顔に執着があって、四谷周辺の植木屋さんをまわったが、種を置いている店がないというのである。前回も書いたが、うるさいおばさんが大勢いて、「お宅の種を蒔いたけど花は咲かなかった!」と文句ばかり言うので、もう植物は扱わないと言うのだ。花屋の店先には色とりどりの種がおいてあって、それを蒔いていろんな花を咲かせることは日本人の文化であった。ところが今は咲いた花を買ってきて植えるだけだという。日本という国家は根元から腐ったのだろうか。(そんな大それたことでもないか?)

 妻は用事で山梨の相模湖へ行った。友人の歌手のCD録りのお世話だという。さみしい村の中にたった1軒のスタジオ。駅前もさびれて、人影はほとんどないという。ただ1軒花屋が残っていた。妻はそこで古くさい袋に入った朝顔の花の種を買って来た。蒔いた。芽が出た。植え替えて、伸びてきた茎を老人2人でビニールの某にからませ待った。ある朝起きてみると見事なブルーと赤の大輪の花が咲いたのである。「昔の朝顔」である。いろいろ交配してつくった珍しい入谷の朝顔市で売っている類とは違う。ブルー一色。見事であった。

 田舎にはまだまだ古き良き日本が残っている。浜田家の朝顔は今も咲き続ける。今日は○色がいくつ咲いた。△色がいくつ。妻の顔は輝いている。


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