妻が定年になって家にいることになった。じっとしていることができない彼女は、早速ちょっとした庭で園芸仕事をはじめた。それからというもの、わが家とご近所さんの交流が盛んになった。
なかには玄関先に座り込んで1〜2時間もしゃべるおばあさんがいる。よくも話題が尽きないものである。私の妻も負けず劣らずよくしゃべる。やがてお豆を煮たからとか小夏みかんが届いたとか、いろいろな物品の往来がはじまる。プライバシーもあったものではない。あの家の人の前歴は……今は……ほとんど10数軒の家の様子がわかってしまう。
下町(私のクリニックの存在する)はもっとすごかった。前の家の机の引き出しに何が入っているかまでほとんど知っている。自由に出入りするからもう家族である。近代的な家族の個室の中に誰も入れず、母が娘の部屋に入って掃除しようものなら大々喧嘩となるのとは際立って違う。
このように最近わが国では分極化が著しく進行した。30歳を過ぎれば金持ちと貧しい人は、はっきりと別れてしまうという。いや子どもたちもよくできる子とできない子は明らかに区別され、教育が進行する延長であろう。分布図をつくるとAがBへと変化したのであろう。
話を元に戻そう。ご近所さんの話である。一軒嫌われている家がある。「あの人さえいなければ、この町はとてもいい人ばかりでいい所なのに」とまで言われている。ごみ出しがひどい。何かというと文句をつけてくる。わがもの顔に家の改築を行って、地下を掘り過ぎて隣家まで傾いたのに、何の詫びもしないものか逆恨みまでするというのだ。
さて、私の妻。庭でフリージアをつくった。なぜか見事に咲いた。そして嫌われ者の家には幼児がいる。我が家の門の所でその花をじっと見つめているので、妻は数本摘んでその子にあげた。「お家へ帰ってお母さんにお水を入れて挿してもらいなさい」と言った。その家のお父さん「何というきれいな花。何というのだろう」ということで、私の妻と話合いがあった。その家と私の家の関係は、以来まるで変わってしまった。女の子は家の中まで入って来て蝶を追っている。