私は生来、人が群れるところへ出るのが嫌いである。学会なども「私は留守番するから行ってこいよ」と、ほとんど自分が話をする時以外は出席しない。もう新しい知識を得るつもりはない。時代からとり残された老精神科医であることに、かえって誇りを持っている。
先日、クラス会(旧制高知高校)があった。しつこい幹事で連日のように出席をうながされ、行ってみた。
なんと50数名の男の老人ばかりの群れには圧倒された。壮観である。70歳から90歳の健康で元気のいい老人ばかりである。心身ともに健康老人でないと出席できない。みんな威勢がいい。「おおハマシン(そう呼ばれていた)ようきたなあ!
ちっとも変わらず血色もいいし、元気やないか。うつ病なんて仮病だろう!」と言われてしまう。私はその人が誰だかちっとも覚えがない。わずか2〜3人の顔しか知らない。誰かれなくやって来て、自分の近況を語る。「もうリタイアで今では居場所がない。月1回のクラス会が一番の楽しみだ。これがあるために生きているようなもんよ」と口々にしゃべる。本当にそうだろうか。
こうして今は何の世のためにもなっていない老人たちが集まって、「今日この一日が生き甲斐だ」というのは哀れである。いずれも高度成長期には第一線(中には一流企業のトップもいる)で戦っていた人たちであろう。私のモットーは「清く正しく美しく老いる」ことだと言う。そして決まって寮歌を歌う。「これは御詠歌よ」と隣の男が言ったので、なるほどと納得した。みんなうっとりと自らの声に酔うている。ただそれが各自ばらばらなのでコーラスにはなっていない。久しぶりだということで挨拶をさせられた。これがまた苦手である。本音は「このわが国の高度成長期は果たして何であったのか?
それを自ら問うて文集でもつくったら日本の有り様がちょっと見えてくるかもしれませんよ」と言ってみたかったが、こういう会は辛口のコメントは禁句である。みんなをどっと笑わせる言葉を望んでいる。やむなし。
「誰かが『清く正しく美しく老いる』と言ったけど、そんなことは出来ません。それが『老い』というものの一つの顔です。せいぜい意地悪じいさんを目指してがんばってください」と言った。それでも何となく座が白けた。だからクラス会は苦手である。