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老いるについて
 タイマグラ
浜田クリニック 浜田晋 第74回 <2005年3月>

 私の友人に澄川嘉彦君がいる。彼は元NHKプロデューサーで、「クローズアップ現代」のエリートスタッフであった。その前はNHK「プライム10」の担当で、3年間私のクリニックに出入りし『上野 心の医者日記』というビデオを撮ってくれた。それ以来ぶらりと来てはお酒が入るとしゃべりまくり、私に安らぎを与えてくれた。

 ところが突然彼はNHKを辞めてしまった。上司に辞めると言ったら「クローズアップ現代をやっているプロデューサーで辞めると言ったのはお前だけだ」と怒られたという。番組でニューヨークの銀行機構の取材に行き、ほとほと現代に失望したのがきっかけとも聞いた。どうするかと思っていたら岩手県の遠野から早池峰山のふもとの※タイマグラというところに住みついた。これも「青い鳥」かと思っていたら、どっこい彼は生きていたのである。そこに住みつき、農業を続けているばあちゃんとじいちゃんの日々を15年間にわたってビデオに撮り続け、去年『タイマグラばあちゃん』という2時間にわたる記録映画を完成させた。

 2004年5月25日、東京の京橋で試写会があった。そして11月13日、東中野の小さな映画館で二度目の観賞後、彼と短いトークショーをやった。私は久しぶりに映画を観たせいもあってか、感動のあまり初回はしばらく立ち上がれなかった。そこに老婆の「生の原点」を見たからである。輝いていた。それが早池峰の山に映えていた。醜い日本にまだこんな美しいところがあって、見事に生ききったどん百姓の生があるのか……。つましい、激しい労働の中「百姓には休みがねえー。いつも働いているんだあ」と言いながらも、ふと「あー極楽だあー」とつぶやくのである。特に味噌づくり、豆腐づくりが圧巻であった。老婆の息づかいが今でも耳に残っている。たくましい。日本人はこうして何千年と生きて来たのであろう。そして今、東京はどうであろうか。私はこの醜い東京の、下町で医者を始めて30年がたった。しかしあの老婆の一生にはとてもかなわない。

 その映画を持って、彼は日本国中を回っている。人前では口下手なシャイな男であるが、私は彼と出会って本当によかったと思っている。そして彼がどんな生き方をするのか見守りたい。


※岩手県川井村の開拓地の呼称、アイヌ語で「水の豊かな森」の意。


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