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老いるについて
 「入歯」
浜田クリニック 浜田晋 第71回 <2004年9月>

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 やっと入歯が完成した。1年余と約40万円(とても安いそうである)を要した。

 そして確かに私の食べられるものはふえた。母の死とともに5キロ太った原因の一つとなったかもしれない。せりだしたお腹と奇怪な入歯の姿を見ていると複雑な心境である。食べている時はまだよい。その途中から入歯と顎のすき間に食べかすがたまりだし、だんだん不快となる。お茶でぐつぐつ口をゆすいだぐらいでは何の変化もない。外食の時が困る。たいていはとても美味しいものを食べに行く至福の瞬間である。そっとあたりを見回してテーブルの下でコップ(大)の水の中に大きな入歯をはずして入れて洗ってみる。眼ざとい妻に見つかって「やめて下さい!」と一喝される。

 食べ終わるや否やすぐトイレにたって、口から入歯をはずして洗って、なにくわぬ顔をするのも食後の爽快感がない。何か後ろめたい。すぐトイレに立つのも、まわりの人へ与えるマナーも宜しくないだろう。あれこれ考えながら何とも言えない不快感を味わいつつ、せっかく完成した入歯に申し訳ないような気になってくる。トイレ(お店によっては)はいつもきれいにしてあるとは限らず、そこで奇怪な入歯をながめつつ食べ残しを洗うのも妙にみじめたらしい。あ……これも確か「老いか」とはかなくなる。

 「食する」ことは老人にとって最も大きな楽しみの瞬間である。とくに友人たちとゆっくり馬鹿話をするのがとてもいい筈である。ところがいつも、入歯の下にはさまった食べくさしのことが気になって不快である。会合の途中でトイレに立つわけにもいかない。コースでいろいろのものが出てくると、前の味と次の味が入り混じって何とも複雑な味となる。ぼんやりしていると(歯のことを考えていると)、「お前この頃おかしいぞ。呆けたのと違うか」と言われたりする。そんなことぐらいで贅沢だ。戦時中を思え! とひとりごちてみても、なんとなくすっきりとはしない。そんな「ちょっとしたこと」が老いにはつきものである。

 老いてみないとわからない。わかってもどうにもならない。少しずつ少しずつあきらめて行くしかないのである。

 考えてみれば、この「ちょっとしたこと」が人生には大切なのかもしれない。


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