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老いるについて
 「母の死」(2)
浜田クリニック 浜田晋 第70回 <2004年7月>

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 母が死んで五ヵ月がたつ。

 私は四キロふとった。肩の荷がおりて楽になり、食欲が出たらしい。何でもがおいしくなった。ずい分と薄情者と思われるかもしれないが、涙ひとつ出ることもなく、ましてや心の中にぽっかりと穴があいたような気持ちになったことはまるでない。私の心情をいち早く気づいたのはある分裂病の患者である。

 「先生はお母さんが死んでから眼に力が入って来た。生きかえられたようですよ。その気持ちは私にはよく理解ができます」と言って、私はグキリとなった。さすがに分裂病である。彼は一緒に住む母を憎み、「殺してやりたい気持ちをぐっとおさえているのが日々です」とある日言った。「私は先生が元気になられたことを喜んでおります」と言うのである。

 「さぞやおつらいことでございます」と言われても、私にとっては妙に白々しい。

 私をこの世に送りだしてくれた現実は否定できない。事実である。その源が死んでも大した感情が浮かばない自分という存在を、根底から否定する現実も、また一つの真実としかいいようがない。母と私、母と父、母と兄、それぞれの関係の歴史がそれを生んだのであろう。

 親子の関係の多様さは、”親が死んだら子は悲しむ”という一般論で律することはできまい。

 私はこの連休に松山に行って来た。ただ一人の肉親、母の妹が九十四歳で、もう危ないというからである。生きているうちに一度会っておこうと思った。

 叔母はある老健施設に入っていた。妹の夫が有名人で、そのコネで入れてもらった施設である。最近この種の施設はどこも満員でなかなか入れない。扉をあけると、もうぷ〜んと特有な臭いがした。古い病院の臭いと同じものである。窓側に叔母は寝かされていたが、二人部屋で隣の患者はなぜかベッドをとりはらい地べたに布団を敷いて寝ていた。痴ほうの患者である。私は叔母を見てびっくりした。母と同じ顔をしている。「よう来てくれたねえー」と抱きついて来た。「晋ちゃん、晋ちゃん。どっかつれていって。晋ちゃんの病院へつれていって……。ここでは死にとうない。晋ちゃんの病院で死にたい!」と泣く。私ははじめて、どっと涙が流れた。


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