駄骨折の話である。
下駄を履く人がほとんどいなくなった以上、下駄骨折は死語であろう。しかし私のかかった整形外科医は「下駄骨折ですね」と言下におっしゃった。聞けばサンダルでもおこる由。歩いていてよく足をくるっと内側にひねることがあるでしょう。その時、老人は小指の第二足底骨が骨折しやすい。それを外科医は下駄骨折と呼んできたらしい。
ある夜、私は少々酒をのんでほろ酔い加減で近所を歩いていたら、ガクンときた。立ちあがれない。痛みがいつもと違う。翌日、はれあがり、出血が少々。痛くて歩けない。
近所の整形外科医を訪れるはめになった。
レントゲンを撮ると見事に五センチ程の骨が折れている。先生いわく「これは大病院へ行くと足先から膝下までギプスをかけて松葉杖です」と。生来私は不器用である。松葉杖をついている人を見ると、よくあれで歩けるものだと感心する。風呂にも入れないし、これから夏を迎えて大変なことになった!「勤めを休めるな」となまけ心が少しおきたところ、その先生が続けておっしゃった。「先生はお勤めを休むわけにもいかないでしょうし、私のやっている簡易ギプスがあって日常生活をあまり変えないでやる治療法があります。約二千例の経験がありますので、いかがいたしましょう」と言われた。処理は簡単であった(治療費も約五千円)。
しかし靴を履くのが大変だった。編上げの靴をおもいっきり緩めて靴べらで足を前につっこむようにして履く。先生が自分でやれと言うので数回試みたが、うまくいかない。私の不器用さを先生は見てとったのか「やはりこれは奥さん、手伝ってあげてください」と。「それに靴を一つお買いください」。新しい大きい編上げ靴を買って来て何とか履けるようになったが、それからが大変である。歩くということがこんなに大変な労働であるとは思ってもいなかった。不自然な格好で歩くのであろう。全身の筋肉が痛くなる。ひまさえあれば横になる。動かないから食欲はなくなるし、便秘はするし、私のように抑うつ傾向にある人間はうつ病が再発する。もう全身病である。たった五センチの小さな指が折れただけで、すっかり生活のリズムがくずれる。まだある。
(つづく)