かなしい入院もある。
最近たよりにしていた後輩が倒れた。救急病院に運ばれ、家族の強い希望もあって大きな手術が行われた(こうなるともう「本人の意志」は確かめようがない。私だったらそのままそっとしておいてほしいと思うが)。幸か不幸か生命は助かった。病状は安定した。しかし言葉を失った。気管切開され、食事は胃ろうから流動食が流し込まれる。もはや六十年安保の闘士の面影は全くなく、いわば植物状態となって生きのこることとなる。私は気が重かったが東京郊外のさみしい病院を訪れた。
四人部屋で重病者ばかり(いずれも老人)の一室で、うめき声があちこちから聞こえる。
私はどれが彼か、しばらくわからなかった。付き添いが一人いて、この人だという。
深い昏睡にあった。
しばらくしてもと同志が数名来て、身体をふいたりしたが反応はなかった。
私はもうその場にいることに耐えられなかった。近代医療によって、作られた〈ひと〉としか私には見えなかった。
二カ月後転院し、新しい病院にうつり、しばらくして「先生、とても良くなりましたので、見舞ってやって下さい」との家族の知らせがあった。
去年の暮れ三十一日、私はやっと訪れた。私の友人が二、三人来ていて、彼は車椅子に座っていた。茫乎たる表情。私を認知しない。言葉は全くない。確かによくはなっている。意識障害は軽い。「これで同志がみんなあつまったな」と私が言ったら、すぐ手をあげて輪をつくった。わかったのである。みんな歓声をあげたものの……。
しかしそれ以上の精神活動はない。食事を口からとることも出来ない。
今、病院は三カ月以上置いてくれない。やがて次の病院を家族はさがさねばならない。
いい病院にたとえ入れたとしても、三カ月たつと追い出される。自宅に帰れる場所がある人はいいが、よほど恵まれた人でしかない。
今、彼は東京を遠く離れたリハビリ病院にいる。「見舞ってくれ」と家族から連絡があったが、私はもうその力はない。
近代医療はこのような新しい〈ひと〉を多くつくった。そして病院をたらいまわしされている。
生と死の境界さえ消えたのである。