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老いるについて
 近代日本が忘れてしまったもの
浜田クリニック 浜田晋 第61回 <2003年1月>

ロゴイメージ

 鳥取へ行って来た。

 親友の徳永進が今年初め、ホスピス診療所を開業したからである。

 もっと早く行きたかったが、今年は体調すぐれず、加えて私の診療所を新しくして法人化し、次の世代にゆずる大事業のためおくれてしまった。

 彼は待っていた。

 その笑顔を見ると私はなんとなく心がなごむ。

 「近代医療がどこかおかしい」ということを全くちがった切口から、詩人の谷川俊太郎さんとともに語ってみようとはじめた ”すすむ&すすむフォーラム“も、私の老いと彼の開業で11回でうちあげとなった。だから一年の余、彼とは会っていなかった。

 鳥取市、町の中の静かな住宅街に「野の花診療所」はあった。ちなみにその看板は鶴見俊輔先生(悪筆で有名)が書かれたものである。19床(個室ばかり)の小さな診療所である。デザインも彼特有のおしゃれな基調のおちついた雰囲気。彼の、この診療所にかける情熱がつたわってくる。

 今、NHKラジオ『私の本棚』で「野の花診療所前」を橋爪功が朗読している。

 私はここで死にたいなあと思った。

 なぜか。

 それは彼のポリシーに感動しただけではない。鳥取という少しさびしい街、そこに住む素朴な人々の暮らし、言葉のやさしさもふくめて、近代日本がすっかり忘れてきてしまった、たとえようもない「もう一つの世界」を感じるからである。

 むかし読んだ川端康成の『雪国』を思い出した。「長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」というフレーズである。

 私は表日本ばかりに育ち生き、たっぷりとその近代化にそまってしまった。駒子の住む雪国の暮らしを知らなかった。トンネルを抜けても別に世界は変わらないと思っていた。

 しかし、野の花診療所を訪れて、近所2、3軒の家を往診して私は愕然とした。まだこんなところにこんな日本が実在している!

 帰り、日本海は荒れていた(私の知る太平洋の荒れとはちがう)。

 その海を背景に、可憐ならっきょうの、一面の紫の花畑に、私は立ちつくしていた。


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