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老いるについて
 「定年」(その1)
浜田クリニック 浜田晋 第58回 <2002年7月>

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 お坊さんに定年はなかろう。

 農家の人にも定年はなかろう。

 職人さんはどうだろう。

 医者はどうか。

 はっきりしているのはサラリーマンである。

 真宗が都市にきりこむことを指向した以上、「定年」の問題が大きな課題となる。

 そこをさけては通れない。ところが、お坊さんは「定年」についてよくわからない。

 無理もなかろう。自らの問題ではないのだから。

 医者はどうか。

 勤務医や大学の先生は定年がある。しかし、定年退職後、普通の医者として働く逃げ道がある。

 町医者はどうか。あるような、ないような。

 厚生省は医者の定年を作ろうと考えたことがあるらしい。

 しかし、老いぐらい多様なものはない以上、70歳以上の名医から免許証を一律にとりあげることもできまい。

 日野原重明先生は90歳を越えられたであろう。

 さて精神科医は。私はあるべきだと考えだした。

 少なくとも私は自らに定年を決めようと思っている。

 決心した以上早くしなければならない。

 そして今年から準備をはじめた。

 町医者は継続性を命とする。そして同じ医者が居つづけることが本質である。ただ限りある命。

 私。75歳。精神科医の限界を感じた。

 興奮患者がはこばれてくると、テキパキと対応ができない。

 心悩める人の話をじっくりと聞く根気がなくなった。その人にとって、今、何が問題なのかを洞察する力がなくなった。

 凝視する眼に、もはや力がない。2〜3時間、診察が続けられない。

 精神科医はやさしさだけではつとまらない仕事である。想像力もにぶった。

 だから、定年退職を決意した。

 さてこれからが大変である。後継者選び。古くなったビルから新しいビルへの転居。引っ越し。本や資料を捨てる。30年間のあかをおとす。そして新しくしてゆずる。

 一番大変なのは患者への説得である。


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