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老いるについて
 老人と住居(2)
浜田クリニック 浜田晋 第53回 <2001年9月>

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 「老人にマンションは似合わない」とかつて私は書いた。(『老いを生きる意味』岩波現代文庫)

 マンションから一戸建ての家に引っ越しして二年が過ぎたが、私(妻)の選択は間違っていなかった。家にいても人声がする。細い道路で車は入ってこないが、抜け道で人通りは結構ある。いろいろの人が通るのを漠然と眺(ながめているだけでもいいものだ。傘をさす人をみると、「あー雨が降ってきたのか」とわかる。サンダルで玄関を出ると、猫の額ほどの庭であるが、青いものがあると心なごむ。大地に近いことはこんなに安らかな気持になるものか、とはじめてわかった。

 隣近所の人たちとの交流もいい。「あーここでこのまま死ねたらいいなあ(病院で死なずに)」とさえ思う。「マンションは夜景がきれいですよ」と言う人がいるが、そんなものは1年もすれば消えてしまって、薄汚い東京の街を上から眺めることとなる。宙に浮いたような暮らしは、本来人間にはむいていない。

 ある老人が「空ばかり眺めている暮らしは味気ないものですよ」と言った。東京下町も高層化がすすみ、たいがい老人は最上階の部屋が与えられている。そうなると大地を踏むことはほとんどなくなる。部屋にとじこもり勝ちとなる。足が弱る。孤立する。そして呆ける。

 神戸の復興住宅がそうだ。「地域」から切り離され、どんな人かわからないのでおつきあいをしなくなる。孤立化への道は急速である。たまにヘルパーさんが来てくれても、彼らはなかなかなじまない。ヘルパーさんを入れない老人も少なくない。私の妻の母がそうだった。警戒的となって、扉を開けてくれない。たしかに老人をねらう悪い奴はうじょうじょしている。危険である。私でも防犯的になるであろう。若いうちはそこは寝に帰る場所だから良いが、老いると「生活の場」となってしまう。それがこわい。

 今日、新聞をみていると「ケア付きマンション―安心した老後のために―」の広告が氾濫(はんらん)している。夢を売る仕事である。それにだまされて、涙にくれている老人たちを私は何人も知っている。「とてもあんな山の中にいられたものでありません。駅まで20〜30分はかかるんです。元気なうちはいいが、将来のことを考えると暗澹(あんたん)たる想いです。どうしてあんなことをしてしまったのか」と。もう遅い。

 昨日も新聞の切り抜きをもって72歳の老人がやってきた。「先生、ケア付きと書いてあるので、これにしようと思うのです。もう一人で暮らすのが苦になって苦になって、ここなら安心です」と。私は言下(げんか)に「やめとけ!」とどなってしまった。

 大きなお世話だが、ごちゃごちゃと苦しみながら生きるのが一番よいのではなかろうか。


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