広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー >老いるについて
バックナンバー
老いるについて
 介護という仕事(4)
浜田クリニック 浜田晋 第45回 <2000年5月>

 あまり意味がないだろうが、一応まとめておこう。

 介護という仕事は、介護する人とそれを受ける人の特別な「人間関係」が基本にある。それをぬきに、一般的なマニュアルやノウハウを決めてしまうことはとても危険である。ましてや現行の公的介護保険法のように、介護を「時間」(最重度で1日110分)や「お金」(最重度で1カ月在宅で35万円を1割利用者負担)で、段階的に決定することはどこかおかしい。しかし、今はもう「介護」といえば「はじめに介護保険法ありき」という状況になってしまった。一億総介護保険時代をむかえようとしている。しかし、これから何がおこるか、私はとても心配している。

 俺はまだ元気だから関係ないと言っていても、45歳になれば自動的に保険料がとられるし、人間いつ「介護をうける立場」におかれるかわからない。とてもわかりにくい制度であるが、実は全国民的な監視を要する一大課題なのである。

 「介護」という言葉は60 年代にはじまったらしい。そして70年代になって社会化(公的福祉)の領域にまで拡大されることとなる。それまではたかが「世話する」「看(み)る」程度の言葉であり、家族や近所の人々がたがいに助けあって、面倒をみてきたものであった。

 1993年に、私の郷里、高知の香北町という山村のお年寄りたちと話をしたことがある。そこから私は多くのことを学んだ。なかでも老人クラブの会長さんの言葉が今でも耳に残っている。「年をとって閉じこもるのが一番いかんねえ。あっしゃあ、いつも人に『世話にもなれ、世話をせよ』と言いよらあ。元気なうちは他人の世話をせにゃあいかん。一番悪いのは、『世話にもならん。世話もせん』という人よ。こういう人はいかん。長生きせんぜよ。すんぐに病院よ。病院に入ってもいかん。嫌われて死なあね」と。

 「世話すること」が、日常村人たちの中に生き生きと残っていたのであろう。講習会をひらいてヘルパーの養成をする以前に、あたりまえの暮らしの中に息づいていたよき時代であった。

 今日そんな状況は、特に都会では望むべくもない。拙著『心をたがやす』の第一に居場所の喪失をあげた。多くのお年寄りが、家でも「地域」でも肩身のせまい思いをしている。一時でもいい。「ほっとできる場」を身近にいっぱいつくることからはじめよう。デイケアとかショートステイとかいう前にである。私のとなりの酒井眼科の待合室などは、お年寄りのたまり場である。お寺さんなども、ご近所のお年寄りが自由に利用できる空間であってほしい。そこでお年寄りの笑顔をききたい。


戻る

Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)