まだ「介護」「介護」と世をあげて大さわぎされていない2、3年前の話である。
鳥取の友人、徳永進によばれて「呆けるということ」という主題で話をしに行ったことがある。彼がつくったこぶし館という見事な「家」の大広間(定員60名)になんと120名の人があつまってくださっていた。どこで聞きつけたか、NHKの衛生放送まで録画に来ていて、人いきれでむんむん。当時私はすでに老人性うつ病にあったが、しゃーない!一杯お酒をひっかけて二時間しゃべりつづけた。久しぶりに気持よく話ができたのち、質問の時間となった。
あるおばあさんが、おそるおそる手をあげて、こんな意味の問いを発した。方言で話されたが、ここではそこまで表現出来ない。「私の夫が、テレビかなんかで、『ぼけの予防には書取りが一番いい』と、どなたかえらい先生がおっしゃったと…その夜から一生懸命書取りをはじめて、夜2時も3時も、こうこうと電気をつけて、ねんようになったんです。おかげで私は、夜ねられんようになってしまって困っちょります。どうしたらよいでしょう」と。私は絶句した。こういう質問に私たちは一番弱い。しばらくおいて私が「やめてくれ!」とどなったら、場内爆笑となった。あのさみしげなおばあさんの顔が忘れられない。
介護というと、ねたきりの老人をお風呂に入れたり、歩かせたりという身体的ケアを思い出されるだろう。しかしその前に、暮らしぶりや心のありようへの心配りが重要であろう。ともに暮らす人は長い歴史を背負っている。鳥取の老婆の顔をみていると、その夫のまじめそうな姿が眼に浮かぶ。きっと一生懸命まじめに農業の仕事に命をかけてきたのだろう。身体が不自由になったり、農業が成り立たなくなって、彼はなにもすることがなくなった。「ただ生きること」に、日本人は弱い。私は「ただ生きること」に意味があるのだと言い続けてきたが、多くの人の耳には届かない。何かをやろうとする。高名な先生がテレビで「ぼけ予防法」などの話をすると、すぐそれに飛びつく。罪作りではないか。そんなものあろうはずもないし、今更どう生きようと大きなお世話である。
しかしこの老婆に納得してもらうのは難しい。それは介護以前の問題であろう。