呆(ぼ)け老人を看とる家族は、と「囚(と)らわれ人」である。ナンシー・メイス、ピーター・ラビンズの日本訳『ぼけが起ったら』(サイマル出版)の原名は、『一日三十六時間』となっている。
その看とりの記録が数多く出版されている。白眉(はくび)は、歌人眞野(まの)さよの『黄昏記』である。娘と呆けた母親の血みどろの生活記録は、呆け老人の本質とともに、それを看とる家族の心の動揺が、深い人間洞察に裏うちされて、私たちを強くうつ。
それは現代を生きる最大のテーマとなる。まず親の呆けに気づいた家族に衝撃がはしる。眞野さんはこう述べている。
<二人はデパートではぐれる。やがて、娘はエレベーターの前にぼんやりと立っている老婆を見た。それは、52歳の娘が知りつくしたはずの母親の像とは似ても似つかない。ショールの片側を肩から落とし、着物の上前をずらした見も知らぬ人物に、底ぬけに善良そうな笑顔を向けられて……。娘は、それが自分の母であることを知ってぎょっとするのである>
「全身から血がひくような感じがした……」とある人は言った。
長い苦闘の歴史のはじまりである。
多くの家族は、ほとんど「病気」とは思えない。同じことを繰り返しだすと、「さっき、そう言ったじゃあないか!」とだんだん語気があらくなる。いちいちチェックしだす。「それはそうじゃあなくて、こうでしょう!」ダメ!ダメ!ダメ!を繰り返す。「お札をやぶく」(私が一生懸命働いていただいた大切なお金なんですから、やぶくものではありません!)、「火を空だきする」(なにするんですか、火事にでもなったらご近所さんに顔むけができない。ここには住めなくなりますよ!)。
それが病気の症状であると思う(あきらめる)までにはかなりの時間がかかる。脳の重い病気であると素直に認めたくない。そして途方にくれる。とまどい混乱する。やがて専門家の意見を求める。「こういうときは、どう接したらよいか」といちいち問いだす。現代は相談の時代である。正しい答えを求める。しかし、これには答えがない。
急激な痴呆患者の増加のため、専門家はまだ育っていない。「いかさま」が結構多い。人によって言うことがちがう。マニュアルを求め書店へ行ってみるが、数は多いがほとんど役に立たない。「マニュアルはない」ことに思い知るまでに時間がかかる。腹が立ってくる。患者はとぼけたようにみえる。わかっているのか、わかっていないのか、それがわからない。疲れてくる。
どうして、長男の嫁だけが看なければならないのか!