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老いるについて
 呆けと痴呆の間(4)
浜田クリニック 浜田晋 第31回 <1998年1月>

 (前号からの続きです)

 痴呆老人は、第六に視野がだんだん狭くなる。大局観にたてず、地面をみてごみをひろう。ごみを集めてしまいこむ(もともと大局観にたてない人は除く)。

 第七に痴呆老人は都市でつくられる。とくにマンションで大量に生まれる。田舎でのんびり暮らしていた人が、東京の娘のマンションによびよせられ、たちまち呆け、やむなく田舎に返すと、多くの友人たちにとりかこまれ、よくなるというじつれいは少なくない。

 第八に他人の眼を気にしなくなる。私たちは、他人にみつめられ、認められ、よいしょされ、生きている。全くの孤独には耐えられない。痴呆老人はそんな世界に住む。

 第九にもう働かない(もともと働かなかった人はこのかぎりにあらず)。習慣的な行為の残りかすは、のこっていて、炊事場で働いていた人を、病院で洗い場の仕事をやらせたらよみがえったという実例はある。

 第十にものを造らない。職人が呆けると、仕事ができなくなる。忙しく立ち働いているように見えても、もはやきちんとしたものは生産しない。

 第十一に論理学は通用しない。「○○だから××でしょう。だから△△してください」と家族がいくらいってもだめである。お坊さんが呆けると、はじめに法話が出来なくなる。やがてお経がよめなくなる。最後に南無阿弥陀仏だけがのこる人もいるかもしれない。

 第十二に常識は通じない。お箸でものを食べるとか便所で用をたすとかいうことをしなくなる。手で食べるくらいは大目にみてほしい。怒るとますます悪くなる。

 第十三に教育はなじまない。子ども言葉を使ったり、子ども扱いするような対応はまちがっている。成人学校にはかよわない。勉強はしない。

 第十四に余分なものをみなそぎ落として本質のみをみる。十数名いる看護婦にとって、「拒食患者」とよばれている人が、○○看護婦と××看護婦が行くと大口をあけて食べる。 うわべの取り繕(つくろ)いはすぐ見抜く。そしてくりかえしをする。こびない。

 第十五に挨拶をしない。おじぎをしない。「・・・お元気ですね・・・暑いですねえ・・・」とは言わない。もっともあるお坊さんが呆けて、ほとんど言葉さえ失ったのに、「ありがとうございます」とだけいう人がいて、家族は「他人様にそう言ってくれるのだけが救いです」と話された。さすがお坊さんである。

 私が呆けたら、何が最後まで残るのだろうか。ちょっと心配。痴呆老人はそんな心配をしない。(つづく)


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