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老いるについて
 呆けと痴呆の間(2)-私が呆けるということ-
浜田クリニック 浜田晋 第29回 <1997年9月>

 呆けは医学用語ではない。一般的に広くつかわれている。大阪漫才で「ぼけ」と「つっこみ」がある。とぼけ、時差ぼけ、ぼけなす(ふかふかのなすび・喧嘩の時、相手をそう呼んだりもする)などなど、とくに関西では広くつかわれていた。私など子どもの時から日常的によくつかってきたものだ。

 ところがこれを医学的につかった人がいる。当時、大阪大学の金子仁郎先生と鳥取大学(のち慈恵医大)の新福尚武先生である。いずれも老人精神医学の大家(第一世代)である。昭和三十年代、奈良や鳥取(島根か?)で、地域老人の全調査をやられて、「老年痴呆」(特有な臨床症状と脳病変をもつ疾病)とはちがって、その周辺にいろいろな原因から「ぼけ」と呼ぶしかないような「知的機能のはたらきの低下」がいちじるしい一群があることを明らかにした。

 その後わが国は、世界でも例をみない高齢者社会をむかえ、「老人の呆け」がにわかに社会の重大関心事となった。そこでは、まるでメチヤクチャな概念の混乱がある。

 私は第二世代に属する。私が「老人」とかかわりをもつようになったのは、昭和四十年頃から。『このいとしきぼけ老人たち』(日本看護協会出版会)という小冊子を出版したのが、昭和五七年である。なぜかよくその本が売れた。

 ところがそのネーミングが悪いと、正統精神医学者からふくろだたきにあった。ぼけとは、「差別言語だ」というのだ。(その頃から、たしかに「めくら」「おし」「つんぼ」「ちんば」「きちがい」などなど、私たちが日常つかってきた言棄が、差別言語だとして、マスコミから姿を消していった)妙な世である。差別の本質をとらえることなく「言葉」だけいいかえればそれですむものでもあるまいに。

 たしかに私も悪かった。今にして思えば。老人のあらわす「精神症状」をすべて「呆け」といってしまったのだから。(でも「老年痴呆」は「呆け」とはちがうとする第一世代の先生方と同じ意見であったのだが)

 そして私−呆けた。もの忘れがひどい。二、三日、日記をつけないと、もう何があったのか「事実」さえ忘れている。机の上は山だらけ、ごみだらけ。整埋がつかない。(しばらくつづく−まとめられないか?)


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