暗い。
「痴呆性老人の輸出」という『毎日新聞』の記事にドキンとした。私が数年前から予想していただけに、いよいよ来たか、と思った。
そこからは豊かな国、日本のありようが見えてくる。
「痴呆性老人をフィリピンへ」という東京の某貿易会社の計画が、まんまとあたって、二月末から問い合わせの電話が殺到しているという。マニラ郊外に日本人専用の二十四時間完全介護の月十数万円の費用ですむ老人ホームが建設された。その会社の社長(52歳)は、「日本でこんな費用で介護ができますか」と胸をはったという。
すぐお金の話になる。
そういわれてしまうと、そうかもしれない。私の母、97歳、高知の病院(個室)に入院させていて、附添(つきそい)さんをつけてある。月六十万円を送金している。私が自営業だし、妻も働いているし、マンションは自分のものだし、子供はないし、それだけの送金が可能である。ところが、「お金がない」となれば、生まれ育った高知から母を東京にひきとって、せまいマンションに住まわせ、妻が介護に専念せねばならないとなると、ノーである。妻が仕事をつづけるとなると、附添さんをつけるのがまた大変であろう。東京では。
私が、定年退職後の身で、子供の一人もいたら、正直いって「その話」(痴呆性老人の輸出)にのったかもしれない。
そこまで考えてしまうと、ますます暗くなる。
1995年の国勢調査によると、65歳以上の一人暮らしは225万世帯、夫婦二人暮らしは309万世帯(その中に私たち夫婦も入っている)にのぼる。そして2010年にはそれぞれ463万世帝、530万世帯に増えると推測されている。かつて、脚光をあびていた多摩ニユータウンも、今は「孤老」たちの佗びの住まいとなった。あの巨大な光が丘団地だってやがてそうなる運命にあろう。
今はやりの「介護保険」(厚生省はゴールドプランと呼ぶ。また金だ)だって、未来はないと私は思っている。
私たち夫婦も、「アエラ」(1997年3月3日号)の「あなたの老後をだれが看るのか−晩年をフィリピンで過ごす日本人たち」にあるように、手回しよく、フィリピンに移住した方がよいのであろうか。そういえば、私は、生まれてからずっと、この国の外側で生きてきたような気さえするのである。