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老いるについて
 映画「地域をつぐむ」をみる
浜田クリニック 浜田晋 第22回 <1996年7月>

 友人、時枝俊江さんの監督する映画「地域をつぐむ-佐久総合病院小海町診療所から」(岩波映画)をみた。試影会場だったが、思いきり泣いた。(昔は映画館の中でよく泣いたもんだ。そこは誰はばかることなく、男でも、泣ける場所だった。)

 「医療」が忘れてしまっている世界をよみがえらせてくれ、一種のなつかしささえ感じてしまった。「自然」も「そこで暮らす村人達の姿」も美しかった。

 この映画は型破りである。

 まず人の死からはじまる。5年前、脳梗塞で倒れた男性がずっと自宅で看とられ、ある深夜、容体が急変する。しらせをうけた清水茂文先生がかけつけ、死ぬ。それを確認した先生は「いい顔だね」とつぶやく。家族は「じつっちあん!死ぬとこまで写真にとってもろうて、しあわせだなー」と言う。(時枝さんから、あとでこんな話を聞いた。「ここまで映画に取っていいのだろうか…というとまどいがありましたが、ご家族のその一言で救われました…」と。)

 スタッフが7年間、村の廃屋に寝泊まりして、撮影をつづけたというから、その内容はずっしりと重い。南佐久地方、1町6村、65歳以上の高齢者が26%を越す今日、典型的な過疎地区である。そして、この地区では在宅死が70%に達するという。(ちなみに東京では数%であろう。大半が、ひとは病院で死ぬ。)

 しかも、小海町診療所スタッフは、2人の医師、看護婦6、検査技師2などの17人(病床12床)で、今日うけられる近代的な医療をほとんど24時間保証している。そぢて、更に必要な場合は佐久総合病院へ、医師やナースがついて、転送するのである。

 末期の直腸癌や、脳梗塞、糖尿病、そして脊髄損傷の患者まで佐久病院から自宅へかえし、診療所スタッフと保健婦・ヘルパー・家族(近所の人々もふくめて)で、それを看とろうとするのである。

 瀕死の中からある老婆は「なは…なは…(野沢菜-この地の名産)植えたか…なは植えたか…」と、家族の手の中で叫ぶ。「なあか…なあは…もうすぐな。今年は寒うてまだどこの家も植えとらんでえ…」と家族は答える。

 ほとんど泥田に這いつくばって、野沢菜をとっているたくましい女たちとえがかれている。そんな中に「医療」もあった。共に。

 そして死は、そこでは「生」の連続性の中にごく自然にあった。


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