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老いるについて
 あるタクシーの運転手さん
浜田クリニック 浜田晋 第21回 <1996年5月>

 1日50人も60人も患者を診せられる日々がつづくと、性もこんもつきはてる。

 だから私は毎夜、診療所から「家」まで、ついタクシーに乗りだして、20年がたってしまった。

 そして、診療所からわが家への約20〜30分、タクシーの連転手さんと1つの空問をともにすることとなる。それは楽しい一時であったり、にがにがしい一時であったり、ちょっとおそろしい一時であったりする。

 そこには「世間」への窓がある。私のような「世間知らず」の精神科医にとつて貴重な時間ともいえる。

 先日、こんな方がおられた。

<私>運転手さんにもいろんな方がおられて面白いよ。

<運>それはおたがい様でございますねえ。

<私>(ちょっといやみっぽく)昨日の運転手さんはなんだかとても腹をたてておられて、私が「おまかせします」と言ったら、「まかせられると言われても困るんですよねえ…さっき乗った客はまかせると言ってながら、俺が気をきかせてユーターンまでして、そこまで行こうとしたら…途中で急に、道がちがう…いいよ…もうここでおろせと言いだして…途中でおりて行きやがった…頭に来ますよ…お客さん位の年齢ですよ…」 それからたっぷりとそのいきさつを開かされましたよ。

<運>それはいけません。絶対いけません。そんな奴は品性下劣な奴ですよ。

 この商売はお客様にお金をいただく商売なのだから…そして、よくその日の最後をお宅までお送りする仕事なのだから、「あー、今日もいい日だった…」と、ちょっぴりでも思っていただけるようににしないと…」

 1日の最後のしめくくりなんだから…。私はうなってしまった。ひとの一生をおみおくりする医師にとって、耳の痛い言葉ではないか。今日、この運転手さんよりも品性下劣な医師が数少なくないのではなかろうか。

 そして、お坊さんはどうだろう。

 亡くなるちょつと前におみえいただけまいか。少なくとも私の場合だけでもいい。

 ならば医者と坊主が、そこでどのような会話をなさるものか。私はじっと聞いていよう。


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