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老いるについて
 心を開いて笑顔を見せて
浜田クリニック 浜田晋 第14回 <1995年3月>

 島根県の出雲で精神科診療所を開業している後輩(東北大)の高橋幸男君から手紙が来て、1月7日ブライム11(NHK)で、老人のデイケアが放映されるのでみてくれという。

 いつかこの欄で、老稚園のすすめをやったし、最近あちこちで「痴呆老人」のデイケアが行われている−どんなものか、とみてみた。
 感動した。

 「心を開いて笑顔を見せて−痴呆症とともに生きる」というタイトル。主としてエスポワール小山(小山の家)での2年間の記録であり、石橋典子さんという素敵なナースが主役である(その婦長さんは私のクリニックに見学に来られたというが記憶になく、私もだんだん痴呆症の伸問入りをしたようだ)。

 A男さん。はじめはほとんど言葉がなく、無表情で、「今日は何月何日ですか」と間われても、口をもぐもぐするばかり。妻を撲る。それが「小山の家」にかよいだしてから、次第に心が開いてきた。みんな(十数名)と一時をともにすることが、たのしみらしい。心が安らぐようだ。そんな雰囲気を「小山の家」はもっていたのだろう。妻が来た。「家とは全くちがう明るい表情だ」という。みんなの前で「どうして奥さんを撲るのですか」という話が出た。

 ずっと無言でいた彼がしばらく間をおいて「愛情だ!」とはきすてるように言って、みんなどっと笑った。その笑いが救いになった。

 やがて2人は旅に出る。妻は「私が一生背おっていくしかない」と腹をきめた2人はそこで大きな山をこした。A男の口からいろいろな言葉がよみがえつた。そして海を見つめている表情は仏さまのようだった。

 B女さん。ごみひろいが激しい。なんでもかんでもひろってきて、ポッケにいれる。長男の嫁はつかれきっている。夜もねない。「小山の家」でも、みんなの輪に入らない。 どうしようかと、スタッフは会議をひらく。

 もとの生活史から、病院のまかないをやっていたことがわかり、食器の洗いものをさせてみた。ところがどうだ。ものすごい勢いで働さだす。自分の「仕事」「役割」を与えられ、立つ瀬がたったのであろう。「異常行動」はきわだってへってきた。生活がまとまってきたのである。「場所」をつくり、「人」を集め、そこで一時をともにする−この程度のことは、お寺さんでも出来るのではなかろうか。

 「医療」畑だけの試みに終わらせたくない。


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