先日、友に会った。突然、私のクリニックを訪れ「浜田に会わせろ」と言ったという。私の若いクリニックスタッフは、てっきり患者と思って、「先生は、今、お休みで…」と、おいかえそうとしたらしい。
ところが「待つ」と言う。古い重松ワーカーが行ってみると、昔、私のクリニックに一度来た医学部の友人だった。『心をたがやす』(岩波書店、1994年)にご登場ねがった友である(81頁)。
「どうした…また院長とケンカして来たか?」と聞くと、「医者はもうやめた。役人だ」と言う。「仙台市長とケンカして来たか?」と聞くと、「もうケンカはやめた。つまらん。70歳になった」と言う。「お前の顔をみに来ただけだ」と言うので、やむを得ず一夜酒をのみかわした。
仙台在の町の医者を35年間やってきた男だ。町(といってもほとんど村)中、歩きまわって−往診で一「郵便配達よりも俺の方が道を知っているぞ」と笑う。相変わらず笑願が美しい。
のむほどに酔うほどに、「この頃のお医者さまはおえらくて、往診などなさらん!」「患者さんにも不親切だ」「それに、著ももてん!医局さ行って、教授に『箸ももてん医者を、おらさ村へよこさんでくれ』と言ってきたわ」とおこりだす。
「お前、著をもてんでも、医者ができればいいだろう」と言うと、「ちがう!ちゃんと著ももてん奴は、ちゃんとした医者にはなれない。第一、村のもんが馬鹿にするぞ。馬鹿にされちゃあ村の医者はできん!」とどなる。
「ところでお前、どうして医者やめた?」と聞くと、「定年退職ださ。35年間、盆も正月も、日曜もなしに働いたんだぞ。毎日、帰るのは11時だわさ。医者の仕事は家族の犠牲の上になりたっとる。年とったら、かあちゃんを大事にせねばと思ったから、やめたのさ。それに、あとから来た医者、俺がおると村のもんは俺のとこばかり来て、その医者のところへは行かん。だから俺はやめた」。
つづく言葉がふるっていた。「俺はあの村の医者ださ。仙台では医者はでけん!」と。 これが「地域のお医者さん」である。
古代哲学者エピクロスは言った。「隠れて生きよ」と。
こんな医者は、もう日本には生まれまい。