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老いるについて
 老いを生きることは再生への道
浜田クリニック 浜田晋 第9回 <1994年5月>

 今年もまた、大学入学者のよろこびのニュースが伝えられている。大企業にも、幸せそうにみえる新入社員が大勢入る頃だ。

 しかし、いい学校に入り、いい会社に人ることが人生のすべてだという価値感をもちつづけてきた日本人の生き方が、今、問われている。

 あるサラリーマンが相談に来た。この3月で定年退職だという。真面目そうな男。

 「さみしいです。むなしいです。僕なりに精一杯働いてきたのに、もう終わり−自分の今までの人生は一体なんだったのかと考えると、いてもたってもおられません「誰もご苦労さん!と一言いってくれない。うちのかみさんなんか、いやな顔して「あなた、これからどうなさるの!毎日毎日、家でごろごろされちゃあいやですよ。昼ごはんなんか作りませんからね』と言うんです。子どもたちは、二人とも別世帯で、知らぬ顔してます。

 会社は冷たいものです。もうだあれもよって来ません。部下だってよそよそしい。やめる人間なんか相手にされません。

 一体自分は、「会社のために、、会社のために、、」と思って必死になってきたのは、何だったのか。私の仕事を、誰も評価なんかしてくれません。サラリーマンの仕事は眼に見えませんからね。何にも私の生きてきた証(あかし)がないんです。むなしいですねえ。今更、新しい仕事なんてありませんよ。

 もっと早く気がつけばよかった。
 もうおそい。すべてが終わったんです。
 でも死ぬ元気もない。あとどうやって20年生きるか、、それを考えると、不安がモクモクわいてきます。口はカラカラ、食欲もないし、便も出ません。眠れません。

 あんなに好きだった本もまるで読めなくなりました、、」

 彼は、平均的なサラリーマンであろう。現代、彼らは大量生産されている。「人間いかに生くべきか」を深く考えもせず、先送りしてきたむくいが今、彼の上に重くのしかかる。

 彼は、最後にポツンとつぶやいた。「逸見さんは幸せな人です」と。世間に注目され、癌と闘った人の「死」を、彼はうらやましがるのである。これも会社人間の性(サガ)であろうか。

 これから「新しい生」がはじまる−−とはらがきまるまで、彼の「苦悩」は、いいこやしになると思うしかあるまい。

 老いを生きることは、再生への道でもあろう。


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