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老いるについて
 テレビ取材をとおして
浜田クリニック 浜田晋 第7回 <1994年1月>

 老人たち-とくに大東京の-生活が足元からどんどんとくずされていくことに、私は怒りをおぼえる。やがて私も、そんな運命をたどるであろうからよけいである。

 何冊かの著書で、「こんな状態でいいのですか」と世に問うた。(「老いを生きる意味」岩波書店1990、「老人たちは今」日本看護協会出版界1990)しかし反応はほとんどない。

 そこでテレビに訴えてみようとした。それまで頑固にそれを拒否しつづけてきたが、最後にそれにかけてみよう。重い腰をあげた。NHKが「プライム10」でとりあげてくれることになった。そして、8カ月間、若いプロデューサー澄川君が、私の診療所に出入りすることとなる。

 面白いもので、若い男の子が1人診療所にいるだけで、診療所の雰囲気がかわった。「健康な人」の力は大きい。精神科領域で働いている人は、どこか「心に傷」をもっている。他人の「心の痛み」がわかるためにそれは必要な面もあるが、所詮、両刃の刃。

 自身の傷を深くしたり、医療や福祉の場の人間関係が病むことも少なくない。個人は疲れてぼろぼろになり、組織は病理集団となる。「健康な人」はなかなか立ち入れない。

 ところが今回それが出来た。8カ月は結構長い。でっかい男で、小さな診療所がせまっくるしくなったものの、彼はさわやかな風を診療所にふきこんでくれた。

 なによりも面白かったのは、カメラが追う対象となった「老人たち」。なかでも、ある呆け老人が、すっかり彼が好きになったことである。徘徊(はいかい)がひどい老人で、25日間も行方不明になった時も、かけずりまわって探してくれた。夜もおそくまでつきあってくれる。時間がくれば帰っていくわけでもない。

 老人が発見されてからでも、「澄川さんが来ているよ」と言うとすぐわかって、会い、いっしょにあそびたがる。それは人間同士の普通のつきあいなのである。医者・患者関係とか看護婦・患者関係となるとそうはいかない。

 あの「上野こころ医者日記」(10月14日午後10時放映)が成功したのは、老人たちの美しい顔(ある人はおがんだという)とその「生」と若いNHKのPDとカメラマンにおうところが大きい。素人にはかなわない。専門家には見えない世界がある。

 私の初めの「怒り」や「意図」は、結局どうでもよくなった。それほど彼らはすばらしかった。そして私は今、少しおちこんでいる。


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