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老いるについて
 町場には、老人がひっそり暮らしている
浜田クリニック 浜田晋 第5回 <1993年9月>

 なんのせいかわからない。

 どうもお寺と私たち(信者でもなんでもないただの人)の距離が遠くなってしまったような気がする。それは私たち自身の生のありようでもあろうが、それだけであろうかと、ふと思った。

 子どもの頃、がき大将を先頭に数人の悪がきで、よく寺へあそびに行ったものだ。かくれんぼうをしたり(寺にはかくれ場所が多く、ちょっぴりこわい場所があったりして、結構の場所)、お塔婆(おとうば)でチャンバラをやったり、本堂で角力(すもう)を取ったり、あまりのひどさにお坊さんが出て来て、、大声でどなったもんだ。われわれはてんでんばらばらに逃げ、「わーい、わーい、くそ坊主!」と口々にどなりつつも、寺を自分たちの生きる場所の一部と考えていた。

 ところがいつ頃か、寺は、よそよそしい存在になったといえばいいすぎであろうか。私の「寺観」にも次第に変化がおこったようだ。

 最近-といっても20年前に、私は上野の町に精神科の医院を開業した。近所には随分お寺がある。しかしおつきあいはあまりない。

 ここ数年”地域崩壊”がおこって、古い町が音をたててくずれていった。長屋がこわされ、裏地が消え、鉄筋コンクリートの建築に変わった。人口(とくに子ども・若者)が激減し、暮らしの場でなくなりつつある。老人人口が20%に近づいた。島状にのこされた町場に、彼らはひっそりと暮らしている。行き場がなく(外は近代社会の渦)、家に閉じこもる。痴(ぼ)け老人もふえた。介護する人も老人。やがては施設に送られていく。
 地域医療の旗をかかげた私は、今、足場を失いつつある。この20年、私の町の変化を地図や写真で残している。バブル崩壊で空き地がふえた。その地図をながめながら、ある日私はふと気づいた。お寺は安泰なのである。町場はほとんど失いかけているのに、寺だけはびくともしていない。これはどういうことなのか。「寺は強い」ということは。この資本主義社会の中にあって。

 いつ頃からかお寺が幼稚園をつくって、なかには大金持ちになった寺もあったようだ。

 どうだろう。お寺さんが老稚園をつくって、行き場のないお年寄りの一時のいこいの場になさっては。デイケアとかデイホームとかいう公的な施設でなく、血のかよった町の中の老人たちの居場所にはならないものか。「やる気」があれば、人やお金はなんとかなるのでないか。広大な(私にはそうみえる)空間をもっているお寺を、私は今、新しい眼で見つめている。


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