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老いるについて
 80歳すぎたら責任もたれん
浜田クリニック 浜田晋 第4回 <1993年8月>

 「老人」がいるのではない。老いつつ生きる一人一人の人間の「生」がある。ゆえに多様であろう。

 このたび「長寿社会開発センター」2年間研究費をいただいたので、私のふるさと高知の長寿村香北町を訪れた。そこで何人かのお年寄りとひと時をすごした。たのしかった。

 彼らが健康で、大地にしっかりと根をはやし、自立し、自然とともに生き、充実した日々を送っているさまを見たからである。感動した。

 私が日々接している上野・台東区の、おいつめられ絶望し自閉し愚痴の多いそれでいて家族に依存している「老人」のイメージがかたよったものであることを知らされた(いうまでもなく都会でも生き生きとした年をとらない「老人」に会うことは稀ではないが、ともすれば、、、である)。

 まず自然が美しい。山は荒れ川はよごれ田畠は消えた-と言われるが、まだまだ美しい。山も川も空気もそして人もである。

 しかし、たしかに村も変わった。

 まず「老人の村」になったことである。人口6000人の村で、65歳以上老人人口30.7%、地域によっては40%をこえる。そしてその半数が老人のひとり者と老人のみの世帯である。

 だから彼らは言う。

「ひっとりじゃあきに、なるべく病気もせられんし、はたらかにゃあいかん」「そりゃあいそがしいぜよ。呆けるひまはないわ」と。

 あるお年寄りは、朝6時に起き-小鳥のさえずりで起こされるという-、まず小鳥のえさをつくるという。おいもをつぶして蜂蜜を入れ、庭に置いた空き缶にいっぱいつめる。すると自然にいろんな鳥がとんで来てそれを食べる。メジロ、ヒヨ、シジューカラ、、、お友達をつぎつぎと連れてくる。

「それを見よったら面白いぜよ。2羽つがいが来て、1羽食べよる間、1羽はありゃあ見はりよるやろかねえ、ちゃんと高いところで、それを待ちよる。1羽が終わると、交代で食べるがよ」

 細かく観察して、それを日記につけるという。

 「そりゃ面白いねー」と私が言うと、その答えがふるっていた。「面白い!そりゃ責任がないきにねえ」と。

 「犬や猫をこうても、責任ができる。はや、鳥かごに鳥をこうても、かごを洗うたり、餌や水のことを心配したり、責任があらあね。自然の鳥なら私は責任をとらんでもええがよ。それが1番。80歳すぎたらせきにんをもたれんぞね」

 私の顔をまっすぐ見て、自らに言いきかせるごとく言った言葉が、いつまでも私の耳にのこった。

 大地の上に自ら立ち、自然とともに生きた農夫の言葉だけに重みがあった。

 昨今の政治家に聞かせてやりたい言葉である。


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