広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー >老いるについて
バックナンバー
老いるについて
 私のお正月
浜田クリニック 浜田晋 第2回 <1993年3月>

 今年の正月は見事に晴れた。富士山がはっきりと見えるのに、それほど寒くもない。「いいお正月」というのだろう。神社、仏閣には空前の初詣客があったという。警視庁のまとめだと8490万人というから驚く。日本人は無宗教の人が大多数といわれるのに、こんな時にはどっと繰り出し、神社ではお賽銭をあげ、手をたたき、仏さまの前では手を合わせておがむ。なにしろ「神さま、仏さま、稲荷さま」というくらいの人々である。不況で暗い世となれば、神でも仏でも頼るしかない。

 私は正月は忙しい。書き残した原稿がたまっている。身辺の整理も少しはしておきたい。いやな年賀状も書かねばならない。

 そして、元旦。妻の母を見舞った。義母は呆けて、老人病院に入院して3年がたつ。妻は週2回必ず見舞っているが、私はめったに行けない。

 91歳。

 病院は、私の家から高速道路を利用すると、タクシーで2、30分で行ける。まだ武蔵野の面影を残し2万坪の敷地があって、伝統のある病院である。

 しかし元旦の老人病院は、ひっそりとして、どこかものがなしい。ぷーんと特有の臭いがする。丁度、昼食時だった。看護婦、補助看さんたちが忙しく立ち働いている。老人とともに、この人たちにとっては、暮れも正月もない。それでも、型通りの新年の挨拶なのだが、いつもと違った華やぎを感じるから不思議だ。何も変わらないのに。人々は何か新しい節目を求めるのであろうか。

 義母はもう「お正月」も「娘」も「娘ムコ」もわからない。食事だけは大きな口をあけて食べる。かぼちゃのつぶしたもの、お菜の柔らかく煮たもの、おかゆ。それにお正月なのだろう、あんぽ柿が1つついている。おせち料理はない。おもちもお雑煮もない。

 いつもと同じように、義母は、大きな口をあける。そのとき、介護者とのタイミングが合わないと、拒否する。食べさせることにも、ちょっとしたこつがいるのだ。同じ眼の高さから、大きく口をあけた時に、食物をすっと入れてやる。妻もだいぶ手慣れた。その日も、全部食べた。「よかった。よかった」。そして3人でお正月の歌を歌った。途切れ途切れに義母も歌った。ことばはなくても歌は残る。

 呆け老人最後のメッセージは歌である。


戻る

Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)